「いずるば」フェスティバル 備忘録 その2

いずるばフェス備忘録(忘れないうちに) その2

第2場
「いずるば」ワークショップでの最終のゲスト回に来てくださり多くの示唆とインスピレーションをいただいた小林裕児さん。その時好評だった方法を使い、「浸水の森」のスライドを大きく背面に写し、現実の人間がその中に入ったり出たり、絵の人物・ものが現実に引き出されたりというシーン。

「この絵に作曲をしてください」という裕児さんからの依頼を受けてCD一枚分を作曲。喜多直毅さんのバイオリン、佐藤芳明さんのアコーディオンと私でギャラリー椿で初演。ポレポレ坐でライブレコーディングをしました。レコ発ではジャン・サスポータスさんに加わっていただきスライドでの試みを始めたのでした。
裕児さんの絵画は「具体的」なので、現実の竜太郎さんや路得子さんたちが入り込んでも同格に存在でき、逆に絵の中の人物や光、地下鉄、葉っぱなどを現実に持ち出せます。

衣装のKEIさんのその日の提案で、今、街を彩っている落ち葉を舞台上にばらまいてあるのでよく響き合います。裕児さんはこの絵の葉っぱを1枚1枚丁寧に描いています。

現実感の希薄で、重心のあやふやな世界のために私はリディアン旋法のメロディを奏で(invitaiton)、コロスが後を追い合唱。現実感の希薄さは、思わぬ想像力を引きだします。厳格な細密画を描いていた裕児さんは安井賞を取ったころを境に画風を一変させました。「上手い絵」と言われることが嫌で仕方なかったというワークショップでの言葉には参加者がおおいに刺激されました。もちろん人一倍「上手い」裕児さんだからこそでもあります。しかし、求めるものは何?技巧でも効果でも成功でもない、それは皆に等しく問われています。

続いて「クセニティス」を泰子さんが歌い出します。クセニティスとはギリシャ語で「どこへ行ってもよそ者」。やはりテオ・アンゲロプロス監督の「永遠と1日」の中にでてきました。おそらく共同脚本のトニオ・グエッラさんのアイディアでしょう。使用する音を制限した方法で作曲しました。アルガディニ(夜とっても遅く)コルフーラ(私の花)など美しい言葉を教わりました。

私は誰?という第一場からの問いかけはクセニティスへ繋がり、みんながクセニティスである想像へ繋がります。そして「言葉」というトピックが浮き上がってきます。言葉と音楽、言葉とダンス、言葉と美術、繋がっている部分と切れている部分。

ディオニソス・ソロモスという実在の詩人が登場し「ついにギリシャがトルコから蜂起した、詩人の役割は革命賛歌を書き、死者を弔い、民衆に自由を教える」しかし、イタリアで育った彼は「母の言葉がわからない」そこで彼は畑や漁村に行き知らない言葉を買って歩く。(実際、ソロモス氏は158番まであるギリシャ国歌を作りました。)

泰子さんと竜太郎さん(詩人)が姉・弟となって言葉を探す旅に出ます。(霧の中の風景)。何人かのコロスのところへたちより言葉を買います。この言葉は、コロス参加者に任せました。何ヶ月か前から「言葉を意識した生活をして」「言葉を収集しておいて」もらいました。

残念ながら私の意思が通じ難かったようで、純度の高い言葉、意味や所有から自由な言葉が集まらなかったですが、何かのきっかけになればと思います。何周か遅れてあるいは何周か先回りしてからの単純な言葉でもいいのです。身を切るような言葉、命と引き換える言葉もある。

言葉を探す旅の最後は、8日は広瀬さん、9日は小川さんに辿りつきます。広瀬さんは「ほそぼそと」という言葉をきっかけに日常の会社勤めと音楽活動のジレンマを語り始めます。「一応、音楽をほそぼそと続けています」「上司にはストレス解消とかいわれちゃうんですが・・・」などちょっと自虐的な、しかし「音楽を止められない」気持ちを語ります。

これは今、多くの若者(中年も?)が悩んでいる状態。昼間の仕事と音楽活動という二律で考えて、どちらか、という思考はよくないよ、経済が許せば音楽に専念するのか?なんとなく悩みつつ流されているのがかえって居心地が良いのか?これを止めたら生きていけないのか?私などは、止められたら止めたいよ、と思ったり。プロとアマはどうちがうのか?技巧?世渡り?クリエイションとアレンジ?

ファイナルワードということがリハ中に流行りました。「だってしようがない」「むずかしいんだよね」「ふかいね」「すみません、仕事があるので」「これだけはゆずれない」「愛してる」「感動して泣けてきました」などこれを言ったらその場がオシマイになってしまう言葉。しかし、使わないように注意すると良いコトバです。そこに大きなヒントが隠れています。

私や竜太郎さん、コロスが「そんな話聞きたくないよ、本心で言っているの?」と茶々を入れます。ある時はかれの眼鏡を取り上げ、帽子を被せ、靴下を脱がせ、立ち位置を変えさせ、「ホントはなにがやりたいの」「何がやりたいかホントにわかっているの?」「言いたいことはそれだけ?」と煽り、怒らせます。「もうすぐ死ぬとわかったら何をやる?」

9日の小川さんは言葉を一切使わずに、彼のサックスを吹きます。私がまず音で対応します。彼の意思は堅く揺らぎません。「言葉で表せないから音にしているのです」「その音もフツーの音・キレイな音では表せないのです」。リハの時は「インプロの音ってどうしてこういうふうになってしまうのか?」「ヨーロッパインプロの語法の部分もあるし、荘子の音楽論、海童道老師や無絃琴などアジアの知恵もあるし」「不可能性の表現?」「歌と踊りというニンゲンに必要な要素はどうなるの?」などの話題を差し挟むこともありましたが、本番ではそういうやりとりも一切無し。でも、説明しなくていい、という感触がありました。人はそれぞれの時期にそれぞれの方法を取ります。精一杯の方法は正しく、伝わる。

故・渡辺洋さんの「ふりかえるまなざし」が歌われます。「いっぽ ふみだすことや はみだすことで うつくしさは はじまる・・・」

ちほさんと路得子さんのフェミニンでやさしい誘いにも小川さんは一切動じませんでした。ちょっとドキドキしたスバラシイ瞬間でした。私なら「転び」そう。

精一杯の中でも「いっぽふみだし、はみだす」その1歩はいつでも残っている。自分がどんなに変わろうとも、こんなはずじゃなかったとしても。弾は1発残っています。

「いまがそのとき、ねばりづよく」と歌はつづきます。そこで歌は終わりますが、その間際から「おじさん・おばさんダンサーズ」が目一杯踊ります。

地団駄踏んで踊ります。回ります。もう転びそうです。下手くそです。すべりそうです。村上さんは脚を痛めています。

音や気持ちの充満した「無音」の中で踊り果てました。若い者に負けてなるかよ、というよりは、おじさんも1歩はみだしたい、ふみだしたい、同じなんだよ、という感じ。

第2場終了