軽い通し稽古

知識や情報は、直感や判断力を弱めます。
直感や即断は、生き延びるためのものです。

下手な考え休むに似たり。

何も考えていない時の脳は、何か考えているときよりも、大変活発に動いていると言います。
(ふとした瞬間にすばらしいことを思いつくのはそのため)

音楽は、思考をストップさせます。
(試合前のアスリートを見よ)
その上で、どんな音楽を作る・演奏する?それは必要ある?

身体を整える音(あるいは音楽)はある。
(起きたばかりの時のバッハは夢から現実へ戻してくれる。海童道は音楽から逃亡させてくれ、知覚を拡げてくれる)

ビブラートは、共振することを強制し、演技することを求め、一定の時間、一緒に演劇空間を作り共に楽しむ。(泣女)踊るための音楽も同じ。

良い音、良い音楽ははじめから存在(偏在)している。

そこにどこまで近づけるか?尻尾をつかんで、するすると現実に引き寄せることができるか?
できた場合、良い作品・傑作になる。自己表現とは遠い。

ゆらぎ、飛翔し、とどまり、潜在する振動体。色も動きも言葉も同じ。

出た音と出なかった音の総合。

ふと、力を抜き、表現欲を押さえた時に現れる美しい瞬間。
ケルン本番前に「軽く」通しをしたとき、何回も現れました。
本番は、気が漲ってすばらしかった。それは上へ向かってのプラスの表現。
「軽い通し」の時に現れたふとした瞬間は、出てこない。そこには、違う可能性を宿していた。
本番では、みんなの「やる気」で覆い隠された?

やる気、欲求、はある程度、自分の「コピー」を元にしていて、直感をにぶらす?

空っぽのワイングラスを見つけ、みんながそれぞれ注いでいく。その時は、自己表現から逃れている。空っぽの力・弱さの力。ハンディキャップの人達はちゃんと見抜いている。

武士道に近い?

そんな実感を求めて日々、あれやこれや右往左往するのが私たちの生活。いったいどこへ行きたいのか。

JF