ケルン公演終了

ケルンの市民公園内にあるオランジェリー劇場での「私の城」公演、好評のうちに終了しました。

ケルンで長く生活したエアジンの梅本さんによると、「麗しき5月」のドイツは長い長い冬から解放され、花は咲き乱れ、鳥は鳴き競い、花粉も種子も飛び回り、人々は恋をし、6月に結婚(ジューンブライド)という季節。オランジェリーというのは名の通りオレンジ。南の果実オレンジを北の寒い地で温めて育て、香りを楽しんだりする温室が起源と言います。南側に大きなアーチ型の窓(演劇用に覆ってあります)。温室でキュウリをそだて献上したのは、日本でアイスクリームや乳製品を献上し「醍醐味」のと似ています。珍しいものを好み、力にものを言わせて愛でる、人はいつもそんなもの。そしてそんな伝統の建物でジャンの「私の城」を上演する。良い悪いでは無く、歴史・文化ってそんなもの。

ナイチンゲールとおぼしき鳥が夜もずっと歌っています。上演中どんなにシリアスな場面でも、特に出演者全員がフリーズする場面でも、ナイチンゲールの幸せそうな声が聞こえ、現実感と架空感を行ったり来たりさせます。作り物と知っている前提でのタンツテアター上演・鑑賞ですからもちろんOKです。

初演・再演は、同じ大きな劇場(全体が黒)だったのですが、今回は小さめ、白っぽい環境、舞台上に出口なし、ポール無し、とかなり違います。ダンサーは動き方、見え方に変更を余儀なくされます。リハーサルはもっぱらそれに費やされました。さすがに百戦錬磨のダンサー達はジャンのアドバイスに従って、瞬時に把握・理解・応用して1回でほとんど覚えてしまいます。びっくりしたなも〜。ダンス照明で活躍していた相川さんが1回のリハでほとんど覚えていたのに驚愕したことがありました。餅は餅屋。

再再演など、慣れた演目での集中の仕方はとてもムズカシイです。ピナカンパニーでの経験豊富なダンサー達は、再演が多いので、その対策も慣れたものです。本番前のどの時点で集中するか、身体をほぐすか、リラックスするか、瞑想するか、お喋りするか、初演のように迎えるか、自在にこなしています。とても参考になります。

皆の気、満員の客席の気があわさった素晴らしい公演でした。

公演後、日本で言うところのアフタートークがあり、自閉症についての専門的な質疑、自閉症の聴衆からの質問、かなり熱の入ったトークセッションでした。

私は問われるがままに、自閉症との関係、音楽作り、を語りました。(私の癌体験も含めて)そこで私の興味が、学術的な知見(今回もアカデミズムからのスタッフ参加があります)、ダンサーの知見と違っていることに気がつきました。

私自身の手術や副作用の影響での経験。技術的にできないことが、どうしようもないことが多くあることから、いろいろ学びました。こうしようとしてもこうできない、こうしようとしてああなってしまう。

このことと、自閉症の方の本(日本でもアメリカでも)に書かれていることが同じ可能性があるのです。
彼らは「全部わかっている」けれど、「反応ができない、あるいは、逆の反応さえしてしまう」という可能性に非常に興味があります。また、即興、あるいは、アール・ブリュットとの関係にも大きな興味があります。それは、「いずるば」でのワークショップ、オープンリハーサルで得た経験と繋がります。

日本語で「自閉症」と言いますが、私の直感では、かれらは決して「閉じて」なく、「閉じたい」のではないだろうか、と言う興味も引き続いています。

閉じれば「響く」「響き合う」ことができます。振動が体内の液体の振動と共振するのです。それが、個ということ、共有、共生の基本になる。閉じて自分の安定した響きを持つことによって共振を、個の確定を、共生を求めているのではないか?

夜遅く帰り、ジャンとひそひそと会話しながら食事(家人を起こさぬよう)。深夜まで及びました。あ〜これが普通のミュージシャンの日常だったな〜と、感慨深く思いました。

ともあれ、今回の渡航の大きな目的の1つができ、充実感・安堵感・幸福感(そして疲労感)を、麗しい5月のドイツで、味わっているところです。

JF