「いずるば」即興セッション終了

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「できるだけシンプルに」ということを心に1年がかりで準備した「いずるば」の即興セッションが無事終了しました。「即興セッション」というタイトルも、シンプルそのもの、キャッチコピーも無しの黒いチラシ(中野和加子デザイン)。まったく味も素っ気も色気もない。
即興にはリハーサルは要りませんが、岩下さんと竜太郎さんは20年間のつき合いがあります。私と竜太郎さんは何回も想い出に残る共演を続けています。私の師匠の一人です。昨年のブッパタールでの共演をさらに先へ繋げようというのが私の個人的心づもりでした。時間ができると「いずるば」へ行ってリハーサルという名の共演を続けました。ダウン症候群の竜太郎さんは音楽が好き。無数と思われる数の歌を母親と共有しています。初共演の喜多直毅さんとも初対面からうちとけ「直さん、直さん、あのね・・・」と男子の内緒トークで盛り上がっています。
昨年だったらもう咲いていた桜坂の桜はまだつぼみが少し色づいた程度。地震・原発のこの状態の中で100名満員の盛況、何人もお断りしたそうです。パフォーマンスは演者と場と聴衆の総合だということが、ことさらに実感できる会でした。
重度の寝不足と不安とストレスで体調はかなり悪かった私ですが、はじまるとすべて忘れていました。前日の場当たり・リハーサルから1部・2部,誰から始めるかだけ決めました。「竜ちゃん・直さん」のデュオから竜ちゃんのイノセントな動きが絶好調です。「このごろ友達が悪いんじゃない?」と昔からの仲間に危惧されているらしい「直さん」も発見に満ちて生き生きしています。
当然ですが、ミュージシャンもダンサーも「良い演奏、良いダンス」をしたいと思います。そのために何年も練習したり、苦労したり、試行錯誤を繰り返します。しかしそこに思わぬ落とし穴がある。「自分が」良い演奏・良いダンスをしようとすることが,実は、マイナス効果を生んでしまうかを、あまり意識できていない。自分の満足で終わってしまうことをそれほど悪いことを思わない。実は、コレが問題なのです。
このことがより顕著に出てしまうのが即興でしょう。その時、その場での優先順位を瞬時に見きわめ、それを共演者どおし、さらには聴衆も含めて暗黙の内に共有し、お互いに未知の領域を冒険する、それが即興の醍醐味でしょう。自分に囚われることがどんなにマイナスか。身を投げ出す勇気と、相手に対する全幅の信頼がどれだけ大事か。自分が進んで、信頼しなければ、信頼されないのです。「待つこと・信じること・聴くこと」を自分の全存在を担保にするのです。演者の発見は、聴衆の発見とピッタリ同期して現れ、個人を越えます。「涙」で終わらせない。
陥りやすいこのことも、共演者・場・聴衆のちからで乗り越えて行く、というのが、身に染みて感じられる1時間でした。運転をマイキーに任せて、原発のことも忘れて打ち上げで盛り上がりました。
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