オンバク・ヒタム(5)

経済至上主義の行き過ぎに加え、民族問題、軍隊問題もからむシンガポールは、もしかしたら日本よりストレスがたまっているかもしれない。年間3万人以上の自殺者を出す現代日本も確かに狂っている。シンガポールは、資本主義と共産主義のもっている最悪の面が一緒になって出ている感じがする。

福岡アジア美術館で共演したザイのカンパニーのメンバーも自殺した。強大な力を持つシンガポール有数の演劇集団「シアターワークス」の団員・事務員全員が同性愛者だと聞いた。

ザイも充分すぎるほど苦痛を背負っている。何回目か、当地を訪れたとき、「新しくアトリエを作ったから見て欲しい」と言ってきた。近所かと思いきや、船に乗ってパスポートを使って行くインドネシア領の島だった。海の上に家を造っていた!リアウ諸島の中の島。マレー民族の故郷だということもあり、ザイはこのあたりによく出向き、いろいろな話を聞き回っている。ラジオ・フランスでも興味深い合唱の録音がある。Sea Nomadsというから海の遊牧民、それを調べているのだ。

1日のいつでも、どこでもシャッターチャンスになるような美しい島だった。人はすぐにその美しさに慣れてしまい、当たり前のことになる。人の感情は怠惰に傾く。この島にはゴミ処理施設が無い!ためにすべてのゴミを海に捨てる。初めの二三日、私はゴミを捨てられずに困った。しかしいつしか捨てている自分を見つける。人のモラルも怠惰に傾く。

トイレには二十センチほどの穴があるだけ。見ると下の海には魚が泳いでいる。極端に言ったら、私たちの排泄物を食らった魚を釣ってまた食べるという単純な連鎖を実感することは、掌を使ってものを食べることと同じく、私の実際経験していない「私の記憶」を確かに揺さぶる。

ここでヤンさんという人に紹介される。このあたりを差配している人だ。まあ寅さんのような江戸の長屋の棟梁のような感じと言ったらいいか。たくましく日焼けした身体で、海のことは何でも知っている。ザイとマレー語でしゃべっている会話に「yokohama」とか聞こえる。

何日か経った日に「ドンドン島」へ行こうということになった。ここから4〜5時間かかる島だが、ヤンさんは地図を見ない。潮を見るだけでどこでも行ける。その知識たるや驚き以外無い。

今、話題の海賊も多くいた。ドンドン島もそのひとつだった。島民の9割が家族・親戚という。しかし今は、豊富な海の知識と船の技術を利用した漁業に方向転換している。私たちが着いた夜にも島のボスがちょうど漁から帰ったところで、白魚をすぐに大きな釜で煮ていた。発電機を回し、四六時中監視艇をだしている治外法権のこの島の漁業も中国系にしっかり仕切られ、資本主義経済圏に絡め取られている。夜捕った魚を干す↓。

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