ジャン・テツデュオ その3

東工大でのライブ。開かれた大学を目指すアート企画の一環。演劇・ダンス・音楽・美術の現在を広く一般に無料で提供する。フランスでよく「パブリックサービス」という単語を聞いた。誰が訪れても良い環境。実際多くの子供が遊んでいた。「どうぞいつでも休みに来てください」という。

今日の演目は、昨年やったショートピースを5つ。一年ぶりでやるので、お互い思い出しながらのリハーサル。今年はずっと即興だったので、少し歯がゆい感じは否めないが、ジャンの役者魂にこちらも乗せられていく。

「セキュリティ」もともとは自分は結構いけてると思っている旧東独のシークレットポリスの役。今回はピンクのシャツにピンクのネクタイを極短くしめているので、見ているだけで笑ってしまう。「なんだか、アメリカやロシアや日本の田舎のセールスマンのようだな」というと「そうそう」と言って、名刺を用意して聴衆に配ったりする演技もした。ゲージュツを観に来たつもりの一部聴衆は困惑。

「ヤング・ガール」何かを待っている、何を待っているのかさえ忘れてしまった。そのまま後ずさりして消える、という役どころ。

「往年のオペラ歌手」引退して長いオペラ歌手がスピーチをするという役どころ。これも昨年京都の寺の庭でやったときは、盲目のオペラ歌手になった。このようにその場所に合わせて役どころも変化していく。

「ケ・セ・ラ・セ・ラ」即興、今回はリズム重視で突っ走った。
ベースソロをはさんで「おばあさん」毎回、爆笑を誘う。おばあさんが何か弾けというのだが、何を弾くかは任されている。ある時はスペイン内戦の時の曲、ある時はサクランボの実る頃、今回は「人生よありがとう」だった。後で聞くと、ジャンもこの曲を望んでいたという。

(後半は、いつも写真を撮っている娘が着替えを手伝ったので写真はありません。)

翌日、ホームステイ先から我がアパートへ引っ越し。娘の部屋を使ってもらう。思えばこの部屋には、バール・フィリップス、ミッシェル・ドネダ、フレデリック・ブロンディ、ジョエル・レアンドルなどが泊まっている。こんな小さなアパートに世界のアーティストが泊まっている。まっすぐ歩ける空間はほとんど無く、部屋にはいるのに身体を真横にして入ってもらう。これが東京の、そして私の現実なのだから仕方ありません。

一息ついて、プールへ。私は泳ぐのは好きなのだが、丸5年泳いでいない。前回はナーボン(フランスの地中海岸)でミッシェルやニンと一緒。その前がインドネシアの海賊の島(ホント)で井野さんと一緒だった。そして今回は幡ヶ谷。二人してゆったりゆったりストレッチを意識して泳いだ。彼は800メートル、私は500メートル。これからも通って少しずつ距離を伸ばしていこう。

イタリアンの夕食、久しぶりの油っぽい食事。しかし禁酒は続行している。(白馬での結婚式の時はしこたま飲みました。)イタリアンのオイリーな食事をワインもビールもナシで食べるとは!身体がビックリしている。私自身、それほど欲していないのも驚きだ。ジャンも付き合ってくれ、ジンジャーエール。玲子さんは勿論ビール。

家に帰り、カルティエ・ブレッソンのドキュメント映画「瞬間の記憶」を観て就寝。

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