アジアのおんば

「おんば」達のたくましさ!

石川啄木のおんば訳(大船渡・気仙沼訳)は本当に楽しい本です。「東北おんば訳 石川啄木のうた」新井高子編著、未來社。QRコードで何首かのおんばの朗読音源も聴くことができます。

「か」行と「た」行が濁音で濁ることで胸に響き、「っ」の多用でリズムも跳ねる。啄木さんも喜んでいるにちがいないと思います。80歳前後のおんば達が大地震・大津波を経た直後の辛い思いを深く持ちながらキャッキャ言いながらおんば訳を試している様子が見えます。

持てあますほどの才能に恵まれ、ちょっと甘えん坊で、見栄っ張りで、かつ諧謔的でもある(あれっ、某バイオリニストを想起)若き啄木の重心を降ろして世界を拡げてくれています。20代にして「時代閉塞」を憂え、「食うべき詩」を問い、ローマ字日記を書き、無政府主義しかない、と夢想した啄木が今、鮮やかに甦ってきます。(同じ東北の賢治、太宰、寺山よりも)

思い出すのは、韓国の珍島のおんば達の合唱です。知っていた「カンガンスーレー」(月見のねずみのダンスを伴う民謡)チンドアリランなどがめくるめく多様に展開するのです。もちろんおんば達は楽譜など見やしません。

幸運にも、この録音に立ち会うことができました。金大換さんの顔パスで大渋滞のソウルをスルーッと抜けて録音現場(クッをやる野外の施設)へ到着、パク・ピョン・チョンさんのディレクションで、チョウゴンレイさんを含む珍島のおんばが大合唱。電圧が不安定でかなり上下するので録音エンジニアはたいへんそうでした。マイクに蠅が留まったり、それをみておんばたちが娘のようにキャッキャはしゃいだり、本当に楽しい熱唱・名盤です。「南道民謡」。

この楽しさ、たくましさには共通するものを感じてしまいました。

私が「オンバクヒタム」企画をライフワークとしてやってきたきっかけは網野義彦さんの本に載っていた「逆さ日本地図」でした。(富山県作成の地図は著作権がきびしいので西表島を中心とした地図を反転しました。)本来地球上では上下はないのですが、どうしても上から下へ流れていくような印象を持ってしまいます。

吉田一穂さんの「黒潮回帰」も刺激的でした。直接的にはインドネシアの島を訪れたり、琉球で録音したり、韓国シャーマン音楽と共演したりさまざまです。シンガポール公演、福岡アジア美術館オープニング、座高円寺での田中泯さん・ベーストリオ「羊」(瀬尾高志・内山和重)箏カルテット螺鈿隊(市川慎・梶ヶ野亜生・小林真由子・山野安珠美)との公演など。

逆さに見るだけで日本海・東海が地中海のように見えます。どう見ても1つの文化圏に見えます。地中海文化圏はアラブ・アフリカ・イスラムも充分に含んで豊かに展開していて、どうみても北ヨーロッパ、北ドイツスカンジナビア、英国、ケルトとは違います。

「山陰」とか「裏日本」とか、謂われないヒドい名前で呼ばれる地域も、北前船で繋がる日本文化の中心でした。ラフカディオ・ハーンも、松本清張も、山陰と東北の言葉の類似を指摘しています。ねぶた・ねぷた祭りは日本の小さくまとまった文化とは明らかに違い大きくアジアに拡がる雄大なもの。

八紘一宇とか大東亜文化圏とか悪用されたことがありましたから、言い方の気をつけなければなりませんが、南アジアからの文化の流れが日本海という内海で行き止まり発酵して発展していく大きな流れの中に今もいるのだと意識したいと思います。

支配とか政治とか男達のどうしようもない行動を軽く越えるおんばたちこそ!