ワークショップ最終回@いずるば

メリハリのビシッときいた日々が続いています。家で身体を温めて、できるだけ長く横になっていて、道路情報・駐車場を確認し、車を走らせ、精一杯演奏、帰宅、風呂、就寝です。

昨日はワークショップ最終回でもあり、右脳だけではなく左脳も全開、鍛えられる日々です。

「音を意識した生活」「心と体を所有しない」「根を持つことと羽根を持つこと」、とランダムにサブタイトルにして13ヶ月続けてきました。その内、ゲスト回が5回(ミッシェル・ドネダ、レ・クアン・ニン/ジャン・サスポータス/岩下徹/庄﨑隆志/小林裕児)、レギュラー回7回。手術可能を願っての抗がん剤12回使用中に始め、「私の城」(自閉症タンツテアター)のため渡独、手術(七夕)、ミッシェル・ニンツアーのほとんどキャンセル(Space Whoとこのワークショップインタビューのみ参加)、とドラマティックな一年に重なっていました。

それも、偶然重なったのではなく、この時期だからこそ思いついたWSであったことは明白でした。言いたいことを生きている内に伝えたい、ということでは全くなく、世の中と繋がっている感覚が欲しい、忘れ去られることが寂しい・忍びない、という初歩的な・基本的な感覚が正直なところだったのでしょう。

良いこと、気の利いた自説を発表するより、そんなことはすっ飛んで忘れてしまい、脱線していく方が楽しかったし生きている感じ、繋がっている感じが濃厚でした。

プロジェクターでの資料映写・参考音源使用が回を追うごとに減っていき、最終回ではプロジェクターもスクリーンもコンピューターも無し、という状況が物語っています。作品から即興へ。いま・ここが大事。

そのことは、本論にも大きく繋がりました。出した音と出さなかった音、出せなかった音との総体こそが「音」なのだ、という考え方は、音・ことば・色・絵・動きへと拡がっていきました。伝わるって何?揺れるって?効果って?

そして、「音を意識した生活」をして「心と体を所有しない」ことを心がければ「根を持つことと羽根を持つこと」ができる、近づくことができる(んじゃないか)、という「まとめ」を発見したのがほんの2ヶ月前でした。この3つの言葉を繋げるのに1年かかったのです。

7名のスタッフとは、打ち合わせ、会議などで大いに語りました。それぞれがだんだんと動き出し始め、それぞれの新たなスタートラインにたったのだな〜!という感覚があります。それはとても嬉しいことでした。スタッフという形で現れた現象ですが、それは聴衆ひとりひとりに拡がっていくと想像すると嬉しい限り。

「言葉って伝わりにくいんだよね」小林裕児さんの回で言われたことです。誤解のために言葉を使っているとさえ思うときもあります。

誤解・曲解けっこう毛だらけです。好きも嫌いもウェルカム。跳躍・幻想・幻視望むところ。自分にさえ分からないことを言っているのです。自分の無意識に語りかけて、反応を待っているのです。おとづれ「音連れ」を目を凝らして待っているのです。

1年続けてできたのはみなさまのおかげです。心より感謝しております。

ミッシェル・ニンのゲスト回が実施できたことが大きな山場だったかもしれません。有明癌研の肝胆膵切除手術後の記録を塗り替えての早期退院、2日後のSpace Whoでの再会、その翌日のことでした。インタビューだけなんとかやって早退。(LIVEはミッシェル・ニン・佐草夏美さんで行われました。)今考えても夢の中のようです。

書籍化、DVD化も求められれば自然に進行するものと思っています。