即興?

 

23日「いずるば」ワークショップゲスト編のインタビューが終わった後、疲労困憊してほとんど倒れ、帰宅しましたが、心は大変軽やか、我が意を得たりという満足と共にありました。

このところ病院の天井を見続けたためか、客観的にものを見ざるを得ない環境にあり、その分、シンプルに物事を捉えることが出来ました。「即興」に関してもシンプルに「よりよく生きるため」に磨くべきものだなあ、という音楽だけではないとらえかたになっていました。

どんな環境でも「諦めず」「方法を考え出し」「ポジティブ」になるためには「自分」に「常識」に「当たり前」に囚われてはいけないのであり、最後の最後まで工夫をやめないことが必要。それは「即興」と全く同じ。

即興の対義語を「常識」や「自分自身」だとする自説は、視点を変えて言えば「悪い」即興とは、自分自身に囚われ、常識に囚われていると言えます。

インタビューの最後のミッシェルが「俺が、俺がという演奏しかしない人と一緒に演奏することになってしまっても、諦めずに、方法を探るのだ」という力強い言葉があり、そこに上記の自説を織り交ぜてインタビューを結ぶことが出来たのは何とも嬉しかったのです。

もとよりこのワークショップは音楽家やダンサーのためのものでなく生きる上での智慧のためでもあり、そこと相通ずることができてなおさら嬉しかったのです。

「即興」に囚われてはいけません、即興音楽のための即興なんてなんとも狭い考え方です。

つらつらと今回のツアープログラムを見ると、所謂即興の世界のみで活躍している共演者はほとんどいません。無意識的にもそういう人選をしていたのでしょう。そういう人たちの姿を鏡となって写し、いささかもぶれず、ポジティブに生き続けているミッシェル・ニンはまさに最適の共演者だったのです。これ以上無い「肯定感」(これでいいのだ!)を共演者にも聴衆にもスタッフにも与えてくれたのです。

どんな状況でも工夫してよりよくしたい、という意志は、もっともっとと、右肩上がりの効果のみを求める方向だけでなく、清貧の思想や侘び・寂び、しどけなし、足るを知る思想にも通じます。

今回このツアーの流行り言葉は「売れてる・ureteru」という日本語でした。私達は「売れて」ませんけど、ポジティブで幸せな時間・空間をみなさんと共有できます。それでもまだまだ充足しきっていないのでまだまだ続けるのです。