ガット弦

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プレインガット弦でのバッハの日々が続いています。先刻承知ですがムズカシイです。しかし、「気づき」は毎回訪れます。

今の世の中で「低音」というとグーンと響き、迫力を伴って空気を揺らす、というように無意識に認識してしまいます。「迫力の」というのが低音の当然の形容詞になっているのです。ところが、プレインガットE弦の低音は「優しく・穏やかで・音量の小さめな」低音であり迫力とは違うものなのです。

腕の重さを十分かけて出すのですが、少しでも力が入ろうものなら音はひっくり返ります。今風の音にはほど遠いのですが、それこそ気づきです。内実を伴ってしかも小さな音での低音、というのは現代社会では触れる機会がほとんど無いのです。そして周りには静寂を要求するしかないですね。

古楽でもガット弦の低音は決して身体に迫ってくるものではありません。現代が暗黙に求める低音はズシッと気持ちよく迫ってくるものなのでしょう。レゲエのエレキベースを真空管アンプでブーストする感じ。

そもそも私とガット弦の実際の出会いは、コントラバスカルテットで現代音楽をやった時です。リーダーは溝入敬三さんで彼が都響の笠原さん・吉野弘志さん・私を集めてカルテットを、ある作曲家(お名前失念)に頼まれてやりました。(溝入・吉野・私がほとんど同時期に広島大学付属高校に在籍していて昔話で花が咲きました)その時、笠原さんがしきりに「ガット弦」ってスゴいんだよ、わざわざ自分の楽器をオケに持って行って弾くんだ、ドボルザークはこれだ、と思ったよ、と言っていました。その実感と感動をともなった言葉が強く引っかかっていたのでしょう、何かのきっかけでコルダというピラストロのガット弦を購入しました。

なにこれ?無理でしょう、ありえない、とぶっとい弦を張ってみました。プーンと弾いた途端に「あっ、これだ!」と思ったのでした。ミンガスの音、チェンバースの音、キチョ・ディアスの音はこれなんだ!という青天の霹靂でした。ミンガスの「ハイチの闘いの歌」、チェンバースの「イエスタデイズ」、キチョ・ディアスの「キチョ」何度も何度も聴いたベースの音はここから出ていたのです。

1人でやってきていたので(溝入さん・井野さんにレッスンを受けましたが独学に近いものでした)、ガット弦のこともフレンチ弓のことも松脂の種類のことも、エンドピンのことも、テールガットの事も、誰も何も教えてくれませんでした。すべて試行錯誤して(当時の私としては相当な金銭も使って)一つ一つ見つけてきました。ガット弦はなかなか弾くことがムズカシイので多少の時間はかかりましたが、動機がともかくハッキリしています。確信を持って身につけていきました。

私自身の録音から言えば、韓国伝統音楽やタンゴをやり始めた時になります。「Tetsu Plays Piazzolla」ではまだスティール弦でしたが「Ausencias」や「Contrabajeando」ではオリーブ(金属巻きガット)になり、最近はプレインガット弦(G/D弦)です。韓国音楽・タンゴとの関わりの中で「歌と踊り」を取り戻したこととどこかでリンクしているのかもしれません。プグリエーセ楽団が日本に来た時、トローサさんに楽器をお貸ししましたが、細い弦の方が良いと思ってスティールを張ってお貸ししてしまいました。今思えばこれではプグリエーセの音には成りません。当時の私はまだチェロのように器用に弾くことが大事だったのです。あな恥ずかし。

しかし、世の中の流れとは完全に逆行しています。ミンガスは「Moves」あたりからガットからスティールに替えています。ラファロやゴメスなどビル・エヴァンス系のベーシストはガットにこだわっていましたがいつの間にかスティールになっています。長年ガットの不自由さ・高価さに辟易してきた多くのベーシストにとってスティールは福音だったのです。国際コントラバス祭でTeppo Hauta-Ahoさんに「あなた、熱でもあるんじゃない?」と訝しがられました。(テッポさんは北欧が誇るコントラバスの巨匠にして作曲家、クラシックや現代音楽ばかりでなく、インプロもやれば、天才アケタとの共演盤もあります。)

私の周りのベーシストに熱くガットの良さを説くと採用してくれるベーシストが多くいたのです。嬉しかったです。井野信義さんともガットで楽しみました。「無線と実験」というオーディオ雑誌の付録CDではオリーブ(金属巻きガット)とガム(プレインガット)の弾き比べをして、雑誌売り切れの大変評判になりました。

さらに嬉しいことに若いベーシストにも浸透してきて「ベースアンサンブル弦311」に結実しました。ガットの響きのベースアンサンブルはロチェスターのISB(国際ベーシスト協会)でも評判になりました。メンバーの瀬尾高志・田嶋真佐雄・田辺和弘さんは現在でもガットで演奏し続けています。

田嶋さんが4本ともプレインガット、田辺さんはE線を除き3本をプレインガット、瀬尾さんは2本プレインガットという微妙な差があり、彼らが普段やっている音楽との関係や音楽に求めるものの違いとも相まってとても興味深いです。ベースアンサンブル弦311の時だけガット弦に張り替えていたパール・アレキサンダーさんは、やはりスティールに戻っているようです。

関心の無いリスナーや共演者にはスティールとガットの違いなど誤差に過ぎないのでしょうが、私たちにとってはもの凄く大きなトピックで、何を演奏するのか、どう演奏するのか、どうやって演奏活動をするのかをさえ決定してしまうことなのです。

現在の私は演奏によって楽器によって弦を張り替えています。現在バッハ練習中のガンベルは4本ともプレインガット、先日かみむら泰一さんとの録音の時はガンベルにダミアン製G・D弦プレイン、A・E弦金属巻きガット、フライト用ベースではG/Dオリーブ、A/Eダミアン 4本とも金属巻きガットです。

松脂もその度に替えていますが、基本はアルシェかリーベンチェラーのコントラバス用を下地に塗って、上はアルシェ、リーベンチェラーのバイオリン用を塗っています。

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