つれづれ

自分の処理能力を超えた日々が続いています。情けのない身体とココロがトボトボと現実について行っているという感じが近い。いつの日か、ああ、あれはこういうことだったのか、とやっと分かるのでしょう。人生にはそういう期間が時々きます。世に言う天才たちはこういうときにこそ軽々とホップ・ステップ・ジャンプするのでしょう。私は、ともかく、生きていることは生きているので、身体とココロが自覚するまで待つしかないもんね、という感じです。
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そんなわけで、ポレポレ坐「うたをさがして」の現場は、何が起こったのかまだ分からずにいます。「ついにパンドラの函を空けてしまいましたね。」と制作に言われました。第一部でやったアンゲロプロス特集は、正にそういう感じです。ごめんなさい、もうしません、と引き返すことは禁じられているようです。言霊の教えでしょうか。
音楽も詩も(絵も書も、演劇もダンスも)、演者などには関係なく厳然と存在して、顕れるチャンスを待っている、たまたまそれらが具現化するトンネルに選ばれてしまったら、受け入れるしかない。just accept。
今のトーキョーで、アルバニアのストリートチルドレンの葬儀をうたい、ギリシャの咎人の涙を代弁し、どうしてもかなわぬ愛を嘆き、河の始まりを問い、冬が春に対して異議を唱える。そういうことをしてしまったわけです。
チュニジアでリビアでエジプトで起こっていることを漏れ聞きながらトルコ軍楽隊の音楽をやってしまったのです。今日(2/26)のようになる前の北海道ツアーの初日に、このトルコマーチに対し、ある聴衆(ゴイッチョ)は、アラブで起こっていることへの繋がりを感じて、エールを送ってくれました。
すべてが異議申し立てと言えば言えるのかもしれません。第二次大戦後長く栄華を誇ったアメリカ文化中心がジワジワとして衰退していることと、今度のアラブの動き、そしてさらには喜多さん、佐藤さん達の「ジャズなんかしらないよ」でも「音楽やるもんね、やらずにいられようか」はどこかで糸が繋がっているのでしょう。
ショービズに対するインプロ、バレエに対する舞踏、ポップアートに対する絵画、皆その文脈で捉えることができそうです。
そんなポレポレの翌日、「いずるば」でリハーサルがあり喜多さんと参加しました。2009年夏に共演した視覚障害のダンサー橋本真奈さんがたまたま帰国していたので、彼女もお誘いしました。
(ダウン症の)竜ちゃんと岩下徹さん、喜多さんと私での即興セッションが3/27にあり、そのためのリハと称するセッションでした。竜ちゃんのイノセントでストロングなダンスは昨年6月にブパタルの観衆を感動の渦に巻き込みました。その良い流れを発展させたいと思い、喜多さんを誘いました。
視力を失ってから音楽からダンスに移行した真奈さんは、リハを見学だけしたいといっていたのですが、10分たったころ、自然に声で参加し、そのままダンスに移行しました。
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ポレポレ翌日の結構ボロボロの喜多さんと私は、「見栄も外聞もありえない、そのままの自分を投げ出すしかない」ことを瞬時に察し、寝転がって弾くは、流れのままにメキシコ・ラバンバ、ロシア・黒い瞳、ザ・ピーナッツ、歌うは、笑うは、の自分に対するリハビリのようでした。
明日は横濱エアジンでベースアンサンブル(瀬尾高志・パール・アレキサンダー・徹)に、豪華ゲスト田辺和弘さんも加わりベース4本。そしてプティットベースを弾く喜多直毅さんによるセッションです。この組み合わせは、大変貴重だと思います。お時間があれば是非。
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