うた

ついに民謡か・・・

昨年から始まっている私の中の「歌謡曲」ブーム。始まりはトニー・ガトリフ監督の「ベンゴ」。この中でフラメンコ歌手マリア・ラ・コネハ(うさぎちゃんのマリア)が日本語で「ラブユー東京」を歌っていた、Lloro por Tokyoという題名だから「東京への涙」かな。純粋な歌の価値として、この歌は世界の歌のなかでも生き延び、言葉を越えて愛され、必要とされ、歌われるチカラがあったのだ、と気づいた。日本に演奏に来る多くのフラメンコミュージシャン(日本はフラメンコにとって巨大市場だ。)が覚えて帰り、伝えたのか。哀しい感じが歌詞を越えて伝わるのだろう。

いくつか前のブログで「天然の美」が離散された高麗人(コリョサラム)の中で根付いていたことを書いた。ザイ・クーニンの親戚達のマレーシャーマン楽団では、ラテン歌謡(ベサメムーチョやキサス・キサス・キサスなど)が自分たちの音楽として長年大事にされていた。日本に暮らしたフォルクローレのグラシエラ・スサーナさんは名ベーシスト・ピアニストのオスカル・アレムの伴奏で「八戸小唄」を日本語で歌っていた。(日本盤ではないのに。)

そういう目と耳で全ての音楽を、そして歌謡曲・民謡を聴いてみなければならない。前回登場のパール・アレキサンダーさんにザ・ピーナッツの楽譜を何点か渡してみた。一週間後のリハで、彼女が気に入ったのは「ウナセラディ東京」だという報告。確かにこの歌の歌謡性が一番高いかしらん、と思っていたので、合点がいった。彼女はこの歌を日本語で歌いたいとマジで言っている。エアジンでお披露目になる。

東北地方で行われるプライベートな会で、最上川舟唄、真室川音頭などにトライすることになった。地球の裏側のアルゼンチン、ブラジル、チリ、ペルー、ボリビアなどのフォルクローレ(民謡)は詳しく、このリズムはこういう意味があり、この地方には、こんな傾向があって、などと知っていたりするのに、日本の民謡で知っている曲はごくごく少ない。

これは確かに「変だ」。大塚文雄さんの最上川舟唄の歌唱テクニックにはほとほと参った。すごいレベルだ。曲調も複雑で面白い。ちょっと調べたら、昔から有る曲ではなく、ボルガの舟唄などを参考にして新しく作られたという。これにも驚く。いろいろな人たちの願いと才能と歌心で新たに創り上げた作品だったのだ。バリ島のケチャも今の形になったのはヨーロッパ人の意思があったという。

沖縄の大工哲弘さんの歌や能の久田舜一郎さんの小鼓がアフリカ人に大評判だったり、小泉文夫さんが「骨の髄にグッと来る音楽」を求めて演歌に行き着いた話がとても身近に感じられる。

前々回、久田舜一郎さんとフランスをツアーした時、超長距離ドライブに時間をもてあまし、彼が「鞍馬より、牛若丸が・・」の節をやってみなさい、ということになり口移しに「がなった」ことがあった。運転のミッシェル・ドネダは早々に諦めたのだが、私は諦めさせてもらえず、何回か謡った。その時に身体の内部にちょっと変化が起こった気がした。何かある。

自分のうた探しには避けられない道。好き嫌いではない。

1 Comment

  1. トニー・ガトリフ監督「ベンゴ」”ラブユー東京”で検索したら
    こちらのブログに遭遇しました。
    今日のバラカン・モーニングで「ベンゴ」サントラから
    “CHANT DU BAPTEME (BULERIA)” LA PAQUERA DE JEREZが流れ
    懐かしくなったが記憶が曖昧なので検索して確認しようとして
    この次第となりました。

    また、以下のようにツイートしたことをお知らせします。
    不都合がありましたら削除します、事後報告で失礼します。

    https://twitter.com/angodetagata/status/468729022747123714

    ango de tagata @angodetagata

    トニー・ガトリフ監督「ベンゴ」この中でフラメンコ歌手マリア・ラ・コネハが日本語で「ラブユー東京」を歌っていた、”Lloro por Tokyo”という題名で.. by斉藤徹さん http://travessiart.com/blog/2499/ そう、あれは凄かった  #barakanmorning

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です