オンバク・ヒタムこぼれ話(3)

写真家の久我耕一さん。お亡くなりとのこと。奥様の通世さん(版画家)が大成瓢吉さんのお知り合いと言うことで、ずいぶん昔に知り合いました。http://members.jcom.home.ne.jp/tsuse/index.html

深い話をしたことは無かったのですが、将来、きっとゆっくりじっくり話ができると心のどこかで待っていたのでしょうか、泣けて仕方なかった。

HINANO 号というヨットを所有していて、オンバク・ヒタムの話をすると、「そうそう、琉球の先で潮の色が2色になり分かれていくんだよ。潮に任せて行ったことがあるんだ。」と教えてくれました。機会を見つけて絶対乗せてもらうんだ、と心に決めていました。「パスポートが必要だった頃の琉球もすごかったよ。歌垣を撮影したんだ。すごかった。」是非見せて、と話したのに。

私の観た最後の個展は色鮮やかなギリシャなどの風景を長い長い布にプリントしたもので、海と空と建物の青と白が目にいたいくらいでした。美しいマンドリンの写真に、「今度、ギリシャのマンドリン奏者と演奏をするんですよ」なんて話したな。

写真を始めた頃の話もしてくれて、当時の熱い季節の話にもなりました。そういえば、ミッシェル・ドネダとの2回目の日本ツアーの時、ちょうどアメリカ・イギリス連合軍がアフガン空爆を始めた日のライブに来てくれました。その日は東京も少し異常な感じがありました。「今、デモに行ってきた帰りだよ」と興奮気味におっしゃっていました。

通世さんと一緒に世界90ヶ国の撮影旅行、通世さんはその経験を版画にします。一度はちょうどミッシェル・ドネダとツアー中に一緒に個展へ行き、彼も一枚買っていました。ちょうど3/30から4/11まで銀座のギャラリーオカベで個展です。http://www.galleryokabe.co.jp/ 現場の空気や香が満ちあふれた版画です。

彼の撮影旅行のフィルム・機材の超過重量は並でなく、私たちベーシストと同じ苦労をされていたのでした。どうやって切り抜けるかなど楽しく話したこともありました。

オンバク・ヒタム公演は、様々な人のことを想いながら演奏すると思うのですが、一人重要な人が哀しく加わってしまいました。

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