今回病気でいろいろなことが思うように出来なくなって、多くの気づきや教えがありました。十年ほど前に突発性難聴になったとき、劇団「態変」の福森慶之介さん(故人・本日が誕生日であることをFBが教えてくれます。)が「障がいは重さ・軽さではないんですよ」と教えてくれたことを改めて意味深く思い出します。
障がいの想像力が実感をともなって感じることが出来るようになり、そこからどれだけ多くのことを学べるか、今の世の中でどれほど必要なことか、を感じるようになりました。岩見沢のアール・ブリュットフォーラムで竜太郎さんと一緒にワークショップをやろうと思ったのも、そういうことを自分でハッキリさせたい、伝えたいと思ったからでした。
東田直樹さんのドキュメンタリーの2本目には、とても引きつけられました。
1本目の担当ディレクターが癌になって、職場復帰した後のもので、それに纏わる二人の会話はまさに他人事ではありませんでした。
英訳をしたデイヴィッド・ミッチェルさん(自閉症の息子を持つ)が「直樹さんが自閉症で、本当に感謝しています、自閉症の子供を持つ世界中の何万という親たちが、子供が本当は何を考えているか初めてわかったのですから」と言ったとき直樹さんはとても困惑してしまいました。
彼は作家として立っていこうとしていた時でした。「自閉症」の作家という肩書・バイアスなしに一人の作家として認めて欲しいと決心したときだったのです。
自分が障がいを持っていることを決してプロフィールに書かない人もいらっしゃいます。「〜なのに」「〜にしては」という偏見は本当に邪魔でしょう。作品のみで評価して欲しいはずです。
一方「お可哀想に、で結構です。」という考え方を主張している「青い芝の会」もあります。
私は、矢萩竜太郎さんの紹介の時に「ダウン症の」という言葉を、庄﨑隆志さんを「聾の」俳優・ダンサーと言うかを悩んだことがありました。
初めの頃は「付けないでいこう」と決めていましたが、付けることが、時に役に立つことも何度か経験しました。
付けた、付けないからといってパフォーマンスに変わりはありません。その言葉で興味を持ってくれたり、同じような環境にある人たちの繫がりや励ましになる可能性が増えることは悪いことではないでしょう。
彼等のパフォーマンスは、実際に観たら直ぐにわかるほど力強いものなので、バイアスはすぐに忘れてしまいます。最後まで気がつかない人もたくさんいらっしゃいます。
ともかく、入口に来て貰うために有効ならば良いのでは?それを気にする二人ではなあるまい、と思うようにも成りました。
竜太郎・隆志体験をすることが、人生をどれだけ豊かにするか、私自身の体験でよ〜くわかっています。
そんな大きな体験のためには、ある言葉を使うか使わないかにそれほど悩む必要はあるのか?いや、それはこちら側の事情でしかなく、当事者には譲れないことかも知れません。それを忘れてはいけない。
ともかく、「健常」の人が彼等を教えたり・導いたりするというのとは、180度ちがいます。どれだけのことを教わるか、どれだけ人生が豊かになるか、という視点をわが体験に基づいて語ることこそ今必要だと思うようになりました。
それが当たり前となって次の詩のようになると良いね〜。
石垣りん「表札」
自分の寝泊まりする場所に
他人がかけてくれる表札は
いつもろくなことはない。
(入院したら様がつき、焼場では殿がつくだろう 徹注)
(略)
様も
殿も
付いてはいけない、
(略)
精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない
石垣りん
それでよい。