モンポウやマーラー、サムソンフランソワ、インプロの長い録音などをじっくり聴きました。いくつもの発見がありました。
心臓の検査が始まりました。院内ベッドごと移動担当のおじさんは、ジャンをピナカンパニーのダンサーとすぐわかったそうで、ピナが亡くなって7年だよ、と不在を嘆いていました。ブッパタルの誇りなのですね。その次に会うと「新聞に写真が出てたよ、コントラバス良いね!」と教えてくれました。
ドイツの医者にとって、脈拍がとても低くなることがあることがどうしても気になったようです。ともかく理詰めです。英語に通訳してもらいながら聞くと、心臓を調べないで血糖値だけを問題にしていたら、「まだ若いのに・・」とか「帰国の長時間フライトさえ心配だ」「このまま調べないことは決しておすすめできない」2人の医師が本気の形相で言っています。人ごとに様に聞いていてもゾッとします。
最新設備で心臓の検査を何回もしました。スポーツ心臓のように少し大きいようですがそれだけが原因ではないとのこと。自転車を漕ぐ疑似実験と心拍数・血圧の検査もありました。心電図、赤外線のような心臓を直接見る装置などなど、その結果、カテーテルで手元から心臓まで通じさせて調べるしかないという結果になりました。
カテーテルで何かが見つかったらそのままネット状のものを血管内に挿入し詰まった箇所をネットを拡げて膨らませるという大規模な手術になります。感染症のリスク、カルシウムなどの破片が脳に行って脳溢血、心臓発作などのリスクもあると客観的に丁寧に説明してくれます。
ジャンさん・真妃さんの積極的後押しによりカテーテルを決意。ジャンさんは数学や薬学をやっていたこともあり大変理知的で合理的な考えをします。真妃さんは家族として考えてくれました。私も「もし世の中に私が必要なら生きるだろう」と、受諾書にサインしました。もちろん前夜は眠れません。
さて、翌朝5時に多分ヒマシ油のようなものを1リットル飲め(と言っていると推察)と暗いうちにナースが来ました。言葉の不安はつきまといます。しかし、1リットル20℃の水分があり、飲む動作をするので、これは「なるべく全部飲むべき」ということと解釈。(少なくて良いなら1リットルは来ないはず)
さて9時前にいよいよ手術室へ移動。「行ってくるからね。」と電話で娘に一言伝えます。ドキドキしながら手術用の服に着替え、また流れる天井を見ながらベッドごと移動。最新医療であることがよくわかる部屋です。身体への麻酔無し、ほんの少し右腕の開いている血管に緩和剤のような液体を挿入。手元の毛を剃り、丁寧にカテーテルが始まりました。英語のわかりやすいドクターが逐一説明してくれます。
血管内にヨウ素など2種類の液体を流し込み100インチ以上の巨大なスクリーンで様子を観ます。角度によって私にも見えます。イヤなものです。思い起こせば、私はシュバイツアー博士に憧れて医者になろうと思ったこともある小学生でした。血や肉、内臓をみるのがこれだけ苦手ですのでならなくてヨカッタですわ。ほんま。
結果、4つの部屋(右心房とか左心房とか)の内、ひとつの壁に極小さな穴があるとのこと。これは糖尿病由来の現象か生まれつきの現象かはわからない。手術の必要は無い、とのことですぐに原状復帰。本当にホッとしました。術後の予備の部屋で爆睡してしまいました。右手首が固定されていていつから楽器が弾けるのかわかりませんが、とても嬉しい。外の雪も晴れ間に変わりました。よく読む話ですが、花が美しく、空が美しい。
翌日朝、カテーテルのDVDをもらい、退院。そのままリハーサルに復帰、ダンサー、ミュージシャンみんなが本当に歓んでくれました。右手が使えないのでピアノで参加。私の不在の間、直毅さんが本当に良くやってくれたとみんなが言っています。ありがとうございました!感謝しか有りません。ともかく、5月5日6日本番、もともと売り切れ状態だったのですが、元首相夫人が観に来ると表明したりして話題になっています。それが終わると7日から矢萩竜太郎さんを迎え、セッションを3つ、その後スイスへ移動し、決まっている4つの演奏、急にきまりそうな2つの演奏・録音などがあり、21日デュッセルドルフに戻り、皆藤千香子振付公演「あざみ野」再演25日に漕ぎ着けそうです。や~~っと終わりが見えてきました。
ご心配をおかけして申し訳ありません。このまま計画通りやって行けそうです。何かに守られている!実感。