うたをさがしてトリオの履歴書

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こうやって「うたをさがしてトリオ」の活動をまとめてみるととても分かりやすく自分たちをマッピングできるように思います。

いつかは是非「うた」をつくりたい、つくらねばという私の漠然とした思いがあった中、私的な集いのために臨時に結成されました。今でこそ言えますが、それほど期待したものではありませんでした。じゅんこさんをお招きする経緯も偶然というかいい加減でした。いまブレークしている「滞空時間」のLIVEに行って「あ、この人で良いか・・・」位の感じでした。その「いい加減」が本当の「良い加減」だったのです。

直毅さんの天才的閃きには尊敬と驚きを持っていましたが、当時体調を崩して一時東京を離れ故郷に帰ったりしていました。また、即興演奏に対する感じ方の違いもあるな~と思っていました。

私的集いが終わり、このままで終わったらモッタイナイ、という私一流の直感が働き、持続をお願いしました。さて何を演奏しよう、ということであっと言う間にアンゲロプロス題材の曲群を作りました。こういう時、私は結構「早い」です。

その第一回がポレポレ徹の部屋で、しかも311東日本大震災+原発爆発の直前だったのですね。示唆的です。311後の避難所でソロをやった際、「ここで必要なのは歌と踊りだ」と痛感したことも大きいです。

アンゲロプロスの映画に横たわる現在の不安(どこへいってもよそもの感)、それが一時的なものではなく、歴史から連綿と持続していること、「~主義」では解決できない人間、喜怒哀楽に収まらない感情、隣り合わせの生と死、個人的なものこそ普遍的なものに連なること、どこかに一縷の希望を信じたい、繋がりたい、という感覚と共有するものが多くありました。

その次にはジャン・サスポータスさんとの関わりが大きなエレメントとなっているのが履歴から明らかですね。「歌」だけでなく、「踊り」も最重要課題であることと関係しています。ロジャー・パルバースさん関連での宮沢賢治経験も豊かな経験でした。ジャンさんとは以後何度となくあたりまえのように共演を重ねました。その間に、直毅さん、ジャンさんの即興観が私と共有する領域に重なってきました。

オペリータうたをさがして(乾千恵のことば)での得がたい経験も積み重なり、「祈りの音楽」@キッドアイラックホールで1つのかたちになったように思います。

その後、グループ「MESA」でのブラジル音楽の演奏、自然に始まったクラシック音楽へのアプローチ、スペイン音楽、タンゴ、フォルクローレ、クルトワイルなどどんどんとレパートリーが拡がっていきました。この拡がりは希有なものですが、全く無理なく進んでいます。

さて、いままでの実りをみなさまと共有する絶好の機会かと思い、ツアーを画策しています。ツアーをして次の行き先を探ることになるのでしょう。

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