タンゴ・タンゴ・タンゴ

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時はバブル終わり近くのこと。

京王プラザホテルでタンゴを毎晩やっていて、そのためにだけ、オスワルド・レケーナ、ダニエル・ビネリたちが来日していました。(なんと贅沢な・・)。私はちょうど高柳昌行さん(本日が命日です。)とのデュオをやっていた時期で、タンゴオルケスタにjojoさんを紹介したりしていました。

ホテルにほど近いところに住んでいた私は、jojoさんと計画してヤヒロトモヒロさんを通訳として手伝ってもらい、レケーナさんのレッスンを自宅で何回か受けました。

誇り高きレケーナさんにずいぶん影響されました。うわついた日本のタンゴブームを一刀両断する知性を持っていました。

ホテルの部屋に迎えに行くと毎回パブロ・ネルーダの本を熟読中でした。ピノチェットクーデターでのアジェンデの後を追うように亡くなったネルーダさん。(映画「ポストマン」も参考になります。)

レケーナさんはメルセデス・ソーサの音楽監督もしていて、タンゴのみならず、アルゼンチンポピュラー音楽全体に尊敬と誇りを持っていました。彼から習った草原のミロンガはいまでも明瞭に覚えています。また、当時、アルゼンチンのプロ音楽家の審査員をしていて、何が基準かと聞くと、「上手さじゃ無いんだ。タンゴ、フォルクローレにどれだけ誇りを持っているかだ。」と言い放ちます。

フリオ・デカロ、フランシスコ・デカロを特に尊敬していたのも印象的でした。

ある時、烈火のごとく怒っていて「昨日、演奏してくれと言うので、テレビの録画をした。これが国辱ものだった。お年寄りの健康を保つためにタンゴダンスが有効だという主旨、それだけの目的の番組なんだ。もう日本には来ないよ。」(その後、スアレス・パスと一緒に来た記憶があります・・・)

レケーナさんがタンゴの修業時代は、ダンサーのほうがよっぽどタンゴを知っていて、ともかくダンサーの足を観て演奏することだ、と習ったそうです。いろいろなトリックをつかって若い演奏家を困らせたりするのだけれど、それが本当に役立ったと言います。

トリオ・ロス・ファンダンゴスがタンゴダンスに特化した演奏を続けていること、それが評価されていること、ダンス好きから最大の賛辞を得ていることとどこかで通じるのでしょう。

さて、本日です。

◉6/23(火)【エルチョクロ】ライブ
トリオ・ロス・ファンダンゴス+齋藤徹(コントラバス)
東京都豊島区南池袋3-2-8 03-6912-5539
18:30open/19:30start 3700円

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