能から気づく、 キッドアイラックホールへのお誘い その3

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6月30日(火)キッドアイラックホールへのお誘い その3

能から気づく

「能から学ぶ」とは、おこがましくて言えませんので、気づくことを少々。

日常の会話で能から来た言葉がいくつもあり、ちょっとビックリです。

申し合わせ:能の本番は、いかにいろいろの流派の人達が集まっても、普通はリハーサルをしないとのこと。ただ、言葉だけでここはこうしよう、ああしよう、ということを「申し合わせ」というそうです。なるほど。

打ち合わせ:ちょっとだけ音も出してみようかという時は、打ち物を打って音の具合を合わせてみようということ。なるほど、なるほど。

檜舞台:能舞台

板につく;舞台に吸い付くような足さばき

ノリ:これも能から来ています。

キリ:お終い(必ずリズムの強い謡)

後見:能楽師のサポート

あしらい:つかずはなれず自由に伴奏すること。

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「絃上」(玄象とも)という演目では、日本人の微妙な音感覚が溢れています。「花のほかには松ばかり」山村修 檜書店より)

場所は塩屋と言いますから、私も演奏したことがある旧グッゲンハイム邸のあたりでしょうね。

琵琶の演奏と、屋根に当たる雨の音の音程が微妙にずれているので(琵琶が黄鐘=イ音、屋根の雨音が盤渉=ロ音に近い)屋根に苫を敷いてイ音にする、という話。全音の不協和音がイヤだったということでしょう。このように日本の耳は聞き分けていたということです。

一旦音が合うと、琵琶の撥の音、箏の爪の音が、ばらり、からり、からりばらりとみごとに奏され、感涙はこぼさせるし、幼児さえ踊り出すばかりに、さあ弾いたり弾いたり、なんと面白いこと。

主題はというと、「自分の琵琶の技術は日本では奥義を究めた、これ以上は唐へ行って学ぶしか無い」という慢心を霊が諫めたということ。この主題も、いたずらに外国へ技術を学ぼうとする現代とあまり変わっていませんね。

「今昔物語」の「蝉丸」の章が、換骨奪胎されパスカル・キニャール「めぐり逢う朝」となり映画化(アラン・コルノー監督)もされました。ここでの「音楽論」は必読です。

こういう伝統を持つ文化、そして、乱調子にみられる高度なインプロビゼーション、身体と言葉を体現するシテ、必ず死者・霊を含むドラマトゥルギー、客席には「神」の座る席があるという捧げ物としての演劇・・・

なんと重要な示唆をいくつも含む芸能が目の前にあることか!

6月30日(火) 開場:19:30 開演 20:00

出演:齋藤徹(コントラバス)喜多直毅(ヴァイオリン)
久田舜一郎(小鼓・声)

会場:KID AILACK ART HALL(明大前)
〒156-0043 東京都世田谷区松原2丁目43-11
03-3322-5564

料金:予約¥3,000 当日¥3,500
ご予約・お問い合わせ:
電話 03-3322-5564
メール arthall@kidailack.co.jp

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