今日は私の日、和弘編 終了
演奏中に起こっていることを取り入れることは必須の掟ですが、身の回りで起こりつつあることを積極的に取り入れることも大事なことです。「発表会」ではないのです。いろいろな課題や出来事が一気に集約されたライブでした。みんなとてもよく勤めました。聴衆にもスタッフにも感謝感謝です。
田辺和弘さんの演劇性を核にしたさまざまな可能性を試すこと、グループの充実を進めること、メンバー個々の現在位置を把握して方向性を示す灯になること、3月末に亡くなった詩人の詩を活かすこと、さまざまな課題を一気に解いていくことが出来ました。全て一気でなければイケマセン。全体が絡み合っているのです。
本来ならばプログラムノートを配布することが必要だったかも知れませんが、本番直前まで試行錯誤していました。聴衆には不親切でしたが、説明抜きに演劇性高めのライブになりました。
渡辺洋さんの「最後の恋 まなざしとして」(書肆山田)からSketches またはじめるために10章を題材に、グループのレパートリーを合わせてみたら、パズルのようにはまっていきました。その過程に注意深く従って、いろいろな演出(じゅんこさんが朗読する詩、和弘さん(詩人)以外が詩の言葉を羅列したり、楽器演奏と朗読の関係も工夫)や詩の解体、効果が自然にでてくるのを待ちました。ていねいな時間が必要でした。
私は90年代にずっと演劇音楽をやっていたのでいろいろと思い出しながら昔の感覚を活かせたことは嬉しいことでした。一万坪の工場跡地を使い放題でシェークスピア、ハイナーミュラー、岸田理生、イユンテク、ガルシア・ロルカ、ギリシャ悲劇を上演。美術家、アスベスト館、優秀なスタッフ、詩人、写真家、演出家、文学者、デザイナーと交わり夜な夜な呑みながら大いに話しあいました。私にとってあの経験はかなり重要だったわけです。
音楽はすべてライブ。参加してくれたミュージシャン:久田舜一郎(小鼓・謡)佐藤道弘(津軽三味線)田辺義博(バンドネオン)栗林秀明(17絃)とブルーポールズオブリア(箏・17絃の大アンサンブル)沢井一恵(17絃)板橋文夫(ピアノ)伊藤啓太(ベース)黒田京子(ピアノ)石川高(笙)広木光一(ギター)鄭喆祺(チャンゴ・チン)などなど・・・
もとい:
ライブはMC無しで進み、最後に洋さんの詩、私の作曲で「ふりかえるまなざし」を初演しました。私なりの追悼でした。終演後、アルゼンチンワインを2本開け、残った聴衆も含めて献杯!!
詩は詠まれるのが大切です。小説も作者が朗読することがドイツでは盛んと聞きます。それ以上に詩は声に出して詠まれることが必要かも知れません。目で追っていた言葉が身体を持ち、唯一無二の響きで世の中へ放たれました。朗読もそうですが、もっともっと詩人とミュージシャンが交流すべきですよね。
洋さんの詩に興味を持たれた聴衆も何人もいらっしゃいました。洋さんとの共通の知人薦田愛さんもいらっしゃいました。彼女はジャンさん体操にも参加している踊る詩人?です。薦田さんに教えて頂いたのが浜風文庫(WEBでの詩集)。
そこに、詩集「最後の恋」以後、亡くなる1ヶ月前までの渡辺洋さんの詩が3編(坂の上の家、祈り、生きる)読むことができます。最後の最後まで言葉を書き続けていたのですね。
http://satomichio.net/?cat=26
(薦田さんの詩もあります。)
さて・・・・