お経届かないジャズの騒音(山頭火)

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お経届かないジャズの騒音(山頭火)

 

「ジャズ」は音が大きいのが普通。野外用の楽器を室内で演奏するわけだし、音の大きい方が勝ちの掟。シンバルがズーッと破裂音を出し、スティックでスネアドラムを連打、サックスが咆哮し、ピアノはひじうち。高音域が目立つのでみんなそちらへなだれ込む。そしてその逆のバラードでうっとり。

 

悪口を言っているのではなく、それこそがジャズの良いところでしょう。だって大きい音のときにその楽器の良い音がすることが多いし、躁状態に持って行き日常から乖離するのです。黙っていると世の中の不条理に落ち込んでしまったり、考え込んでしまったり、ひがみ・ねたみ・そねみ三姉妹に囚われたり。しかも出口はあまり見当たらない。そこにお祭りがあって世の憂さを大音量のなかで、身体性を発揮しながら忘れさせてくれることは古今東西未来永劫必要。アルコールやドラッグより健康的です。子供にもOK。

 

叫んでも叫んでも相手に聞こえないくらいの音。それを言おうとしてか、エリック・ドルフィーは「Far Cry」というLPタイトルを付けました。フェリーニは「甘い生活」の冒頭でキリスト像を運ぶ飛行機の爆音に人々が無駄に叫びかけました。海には鰻。

 

その大本となる記憶は胎内で音経験かもしれません。母の血流音を爆音で長期間(10ヶ月)聴いていた経験です。人間にとっての最大・最高・至高の「安心感」。一方、そしてそれは「殺すな!」という声もかき消してしまい、個人の命の危機も隣り合わせ。

 

コントラバスはそういう状況に適した楽器ではありません。

 

「沈黙・静寂」と共に音を作るわけです。しかも演奏する空間を「楽器の1部」として共に音を作っていく、という「ワガママな」「不完全な」楽器なのだと思います。忘れさせてくれるのではなく、沈黙というちょっと「やばい」状態をくぐり抜けて、何かを思い出させてくれる、そういう役割にこそ才能を発揮できる楽器なのでしょう。

 

沈黙を担保されている現場だったら、音数も少なくなります。低音を思い切り使います。音の伸びなんて気にしません。周りがうるさいからたくさん音を出したり、高音域に偏ったりするのです。

コントラバスは「沈黙」を要求してしまいます。良いスペースを要求します。(バイオリンはどうでしょう。伴奏を要求する?のかも知れませんね。インプロでベースソロは数多あれど、バイオリンソロはそれほど無い理由かも知れません。)

 

ジャズ演奏中、「ベースソロ」になると聴衆がしゃべり出す、ということで多くのジョークがあります。やっと静かになってホッとするのでしょう。

 

アンプやPAを使う場合は、それはそれで苦労が絶えません。アンプと共同して音を作るように楽器を調整する必要があるのです。楽器だけで良く鳴る状態だとピックアップ・アンプに乗りにくいのです。さらにロックの影響で日進月歩するピックアップやマイク、アンプを調べ、厳選せねば成りません。真空管アンプでブーストしたベース音は気持ちが良いし魅力ありますよね。まさにベースでしかできないことです。低音を支えることだけだったらエレベでも十分、いやそれ以上の役割を果たせます。コントラバスでしかできないことを特化する必要も出てきます。移動用の車を維持し(税・ガソリン・保険・車検・駐車場)、運転をし(演奏後飲酒禁止)、道路・渋滞・駐車場に精通し、アンプ・スピーカーなど電気にも精通し、サポートに徹し、いったいコントラバス奏者は何人分の仕事をしなければならないか・・・

 

そしてコントラバスとマイク・アンプだけで納得ができる良い音がでるように作り上げると、それはアンサンブルの中では機能しなかったりするのです。哀しいじゃありませんか。倍音を豊かに含んだ「良い音」を作ってもピアノにドラムに倍音をあっと言う間に奪われてしまうのです。そのために歪んだ音が必要になったりするわけです。それも含めてのジャズの音なのかもしれません。

 

少人数ジャズコンボとしてはやはりマイルス・ディビスのグループ(ウエイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、アンソニー・ウイリアムス)が一つの究極と言えるでしょう。ジャズのエッセンスがギュッと詰まっていました。

 

そこでは若き天才アンソニーのドラム(アフリカ)に対する他四人(アメリカ)という構図にも見えます。1番苦労したのが当然ロンでしょう。ジャズの象徴のようなこのグループは短期間で駆け抜けた後、マイルスは電化・ロック化しました。時代の要請もあるでしょうが、アンサンブルするアコースティックの音がこれ以上機能しなくなったためという側面がある気がします。(そして、21世紀にこのサウンドを甦らせたのがウエイン・ショーターのカルテットです。ベースのパティトゥッチさんがベースアンプ・スピーカーの進歩によって、コントラバスの音の拡声に成功したため成り立っています。)

 

結局は、自分のやりたいことを、自分や楽器の特性や役割にあったTPOでやれば良いと言う当たり前の話でした。ベーシスト地位向上委員会。

 

写真は高橋睦治さん作(つくばアートセンター インスタレーション)

 

 

 

 

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