竜太郎10番勝負!第3回目終了
多くの人が(出演者・聴衆・スタッフ)この公開リハーサルで感じたことを文章にしています。
何か書きたい、書いて自分が感じたことを確認したい、ということでしょう。とても素晴らしいことです。そして、出演者・聴衆・スタッフ相互での繋がりもどんどん拡がっているようです。まさに「いずるば」です。
第3回目もまた独特でした。すべての回が「例外」なのです。全ての人が例外であるように。
1回目・2回目は、パフォーマンスとしての純度が高いものでした。私も自然に、そして無意識に「良い」パフォーマンスを求めていました。長年演奏して生きていると自然にそうなってしまいます。そこにおおきなクエスチョンを投げかけてくれたのがやはり竜太郎さんです。
ひらめき・鮮やかな展開・スピード・意外性・たたみかけ・丁々発止・高揚・興奮などを実現することだけパフォーマンスの目的なのか?公開「リハーサル」の目的では無いことは明らかです。
良い時は何でもOKです。みんなハッピーです。だれもが高揚し、歓びを共有出来ます。しかし、より大事なのはそうでない時の対応かもしれません。そこにこそ本当の「チャンス」が隠れています。本当の「知らない自分」が潜んでいます。そこにアクセスする大変有効な方法として「即興」があるのです。
ナイーブな問題として「プロ」「アマ」すなわち「お金」のことが発生します。「うまくいきませんでした」ということは、お金をいただいている以上、やってはならないし、言ってはいけない。という考えもあります。
しかしそこに潜んでいる罠に気付きたいものです。お金をもらっているから、いつも水準以上のものをださねばならないのか?水準とはなにか?
水準以上のものをださねばということで、他人ができない技術を披瀝するところには、惰性と「なぞり」と傲慢と自分のコピーが発生します。闇が深くなるだけです。
旧友のミッシェル・ドネダ(ソプラノサックス)とはよくこういう話になります。彼は自分のサックスの音が「風」になることを一つの大きな目標にしています。所謂サックスの技術としては並外れたものをもっていますが、それを舞台で出すことはありません。現在は、定住を止め、キャンピングカーに乗ってヨーロッパを旅しながら演奏しています。
(蛇足ですが、わたしはこのごろ「プロとアマの違い」を問われると、「だってしようがないじゃない?」をなかなか言わない人をプロと言う、と答えています。)
第3回目の舞台では、ギリギリの状態が次から次へと現れては消えました。竜太郎さんは終わってから楽屋でずいぶん長い間突っ伏していました。それほどの緊張感と自己を越える努力をしていたのです。美しい姿でした。
一方、ファインダー越しに全体を客観視していた近藤正典監督はそれらのことをキチンと把握していました。さすがです。なんのために踊るのか、なんのために奏でるのか、なんのために生きるのか?
私にとって、十番勝負はまたとない「気づき」の場になっています。
第4回は8月31日 @「いずるば」14:30開場 15:00開演 料金¥500(出演者への交通費に充てます)プラス ドイツツアーへのカンパをお願いしています。
出演:矢萩竜太郎・齋藤徹・上村なおか(ダンス)・瀬尾高志(コントラバス)・田辺和弘(コントラバス)・さとうじゅんこ(うた)・辻康介(うた)・熊坂路得子(アコーディオン)・平野壮弦(書)・村上洋司(即興演劇)