音楽でのスペイン語を話す人達の世界は、地球規模で存在するし、合計すればものすごい人口になるでしょう。音楽好きの人達ですから音楽の力は私たちの想像を遙かに越えるでしょう。
私がジャンさんとコロンビア・ボゴタで公演をしたときに、私はインテリ旦那と若き美人ダンサーのアパートメントにホームステイしました。かなりの時差ボケでボーッとしていたらインテリダンナが土をいじれば良いよ、とベランダの土いじりを一緒にしました。その時彼が流していた音楽がヴィニシウス・ジ・モラエス+マリア・クレウザ+トッキーニョのアルゼンチン録音。すべての曲を覚えていて口ずさんでいました。(私にしても何百回も聴いている録音ですが、フンフ~フンフンとしかうたえましぇん。ちなみにこのCDの解説にはヴィニシウスとともにピアソラも写っている写真が載っています。)
インテリ氏は、まさに自分の歌として歌っていました。私は、コロンビアと言ったらクンビアぐらいしか知りませんでした。(渡航前にミンガスのクンビア&ジャズフュージョンを聴いていました。)コロンビアは歴史的に比較的裕福だったので、あまり自国の音楽を宣伝する必要がなかったけれど、中南米の音楽はすべて入ってきているとのことでした。
そうなのです。スペイン語がわかれば芳潤で膨大なスペイン語音楽が共有できるわけです。ファドとブラジルも同じ事が言えるでしょう。このあたりは日本ではなかなか実感がもてません。アジアの戦争体験者が「海ゆかば」を歌うのと話は違います。美空ひばりがブンガワンソロを歌うのとも、三橋美智也がハリマオを歌うのとも違います。が、小泉純一郎が通じない英語でプレスリーを歌うよりは何百倍も良いことでしょう。日本のポピュラー音楽が韓国、沖縄、奄美、アイヌに頼っていることともどこかで繋がります。
中南米でのスペイン語の歌の世界というコンセプトを打ち出したのはネイ・マトグロッソかもしれません。彼はティコ・ティコを得意にしていますし、いくつかのスペイン語の名曲をレパートリーにしています。それを本格的に立て直して大きな仕事にしたのが、やはりカエターノ・ヴェローゾの「フィナ・エスタンパ」でした。コンサートにはメキシコのディエゴ・リベラの絵を幕に使い、スペイン語の名曲を並べました。途中でポルトガル語で歌うシーンもあり、その感慨を話していました。タイトル曲はペルーのチャブカ・グランダさん。ピアソラの「南へ帰る」をボサノバにしたのも見事。美空ひばりも歌っていた「ククルククパロマ」はアルモドバル監督の「トーク・トゥ・ハー」のお蔭もあり大ヒットしてカエターノ自身が映画にも出演していましたね。カエとピナもアルモドバル経由で繋がったと聞きました。この曲の大好きなジャッキー・ジョブ(南ア)は東京で生まれた娘の名前をパロマにしました。
西洋音楽の頂点とも言えるベルリン・フィルの現在の人気指揮者(客が呼べる指揮者)が(シモン・ボリバル)ベネズエラ共和国・エル・システマ出身のグスタボ・ドゥダメルさんです。(ベルリンフィルでオラシオ・サルガンの「とろ火で」をやったりしています。ボリバル主義です。)アメリカ・西洋世界が最も危険視する故チャベス大統領のベネズエラの代表のような若きドゥダメルさんが西洋音楽の歴史を背負った超エリート集団を仕切っていることも愉快です。何か企みがどちらかにあるのでしょうか。単に音楽最優先で世の中が動くとは思えません。ベース界でも注目のエディクソン・ルイスもベルリンフィル。つい最近もエル・システマのオーケストラのソリストとして日本に来て大好評だったそうです。我らが鶴屋弓弦堂の顧客でもあります。(国の予算で弓を買うそうです)日本ではエル・システマまでは興味を持っても(鈴木メソードがエル・システマの元になっているそうです。)チャベス、ゲバラ、カストロ、カダフィの話は一方的な情報ばかりでエル・システマのコンサートで聴衆の話題にはなりえません。彼らがどういう経緯で「いま・ここ」にいるのか?
そして、Diego el Cigala シガーラです。いくつか作品を手に入れました。Cigala & TangoというDVDはブエノスアイレスの代表的な大劇場Gran Rexで3000人の聴衆のなかで収録。(ファンホやマルコーニが参加していることは以前のブログでも書きました。)ここで注目はレパートリーです。彼がどういう人か知りませんが、コンセプトを絞り込んだ確信犯のようにも取れます。彼自身もリハーサルを積み重ねているのでしょう、歌詞をすべて覚えているようです。(歌詞を置いてあるであろう部分が注意深く映像に入らないようにしています)アレンジは自分流を守り、キューバ的なものはそのままやりますが、タンゴやフォルクローレにはしません。フラメンコの姿勢を保ち、両手を打ちながらの歌唱を貫きます。
ガルデルの「想いの届く日」「tomo y obligo 交わす盃」「sus ojos se cerraron彼女の瞳は閉ざされた」ガルデルのダンディズムは彼の憧れでしょう。スペインでも活躍していたアルゼンチンロック界の大スターAndrés Calamaroを呼び込みユパンキ「los hermanos仲間達」を歌います、ちょっと出来すぎです。ラミレス「アルフォンシーナと海」、コビアン「ノスタルヒアス」、マリアーノ・モレス「en esta tarde grisこの灰色の午後」など有名曲でブエノスの聴衆を納得させます。その上で、チャベーラ・バルガスで有名な「Soledad 孤独」を歌い、クルト・ワイルの「ユーカリ」を歌います。(ちょうど今、私がタンゴ・フォルクローレの選曲をしていて、あまりタンゴタンゴしないために「ユーカリ」を思い浮かべていたのでビックリしました。)「ゴッドファーザー愛のテーマ」を取り上げているのはさすが伊達男。最後は何と言ってもブレリア(フラメンコ)をやり、アンコールではボレロ。キューバの名ベーシストYelsy Herediaにも歌わせています。(シガーラ自身のレーベルで彼のアルバムも出しています。その名もガンタナモチャンギー)間違っている可能性のほうが大きいですが勝手な解釈がいろいろと出来るレパートリーです。
キューバのピアニストBebo Valdesとの共演盤ではジョビンの「あなたを愛してしまう」を歌います。定石でしょう。そしてドキュメンタリーにはこの種の企画でのお約束?カエターノ・ヴェローゾが出てきました。こういう企画には欠かせないのでしょうね。ソーサの遺作にもピアソラ企画にもペソア企画にもアマリアの映像にも出てきます。シガーラはBeboとタンゴの名曲「Vete de mi」も取り上げています。カエターノもボラ・デ・ニエベもやっていますね。そういえばカエターノがガルシア・ロルカに手を出していないのが不思議です。私が知らないだけかも。
私は「ファン」として、このあたりの音楽には興味が尽きません。ちなみにシガーラの弟?の名ギタリストMoraoさんは現在来日中、ワークショップもやっているそうです。日本は本国を除いてフラメンコ最大の市場。