簡単な経緯は

ユーラシアン・エコーズ1 のコピー 2

 

 

ご挨拶にかえて

 

きっかけは突然やってくるようですが、準備が出来た人に突然の振りをしてやってくるようにも思います。

 

音楽に効果ばかりねらっていた20数年前の私は、効果がうまく行けば行くほど何とも言えない寂寥感が募っていたようです。そんな時にとあるレーベルを通じて韓国音楽との出会いがありました。最初のソウルでのレコーディングでは「効果音」を出すべく準備していましたが、ものの5分でそれらが全てムダなことに気づきました。最初に感じたのは彼らの音楽の「健康さ」そして人生への「授業料」でした。音楽を、人生を、言葉を、愛を「信じている」その健康さです。それらは私には決定的に足りないものでした。彼らの音楽を通して初めて自覚したのです。効果的な音を出してビックリさせるなんてやめよう、楽器を弾こう、と思ったのでした。なにせ、電気振動で音を出したり、ビー玉を投げたりしていたのですからね。

 

純粋に音楽的にも多くのことを学びました。音楽はいくつかの要素を組み合わせればできるものではなく、ほんの2小節のリズムパターンにも固有の意味があるという、考えて見れば当たり前のことを学んだのです。このリズムは「恨を飛ばす」とか「魂を送る」とか、さらには「何かが起こる」とか「動物」を表すとか、すこぶる具体的なのです。面白いリズムと和音に良いメロディを乗せれば良い音楽が出来る、と暗黙の内に思っていた自分を恥じました。

 

また、当時は自分にしか出来ない音楽とは何か、という根本的な問いも大きくなってきている時期でした。アメリカで演奏した時に演奏後のパーティで「今日は素晴らしかった、だけど日本のあなたがなぜコントラバスを弾いて西洋音楽をやっているの?」という素朴な質問に答えることができませんでした。その方の質問は「アメリカ黒人が着物を着て三味線を弾いて日本の民謡を歌っている」のと鏡になっている疑問だったのでしょう。

その答えを見つける試行錯誤のなかで知り合ったのが沢井箏曲院でした。私のやりたいことに興味を持ってくれ、作曲を依頼してくれ、邦楽の知識無しに書いた曲を真摯に、時間をかけて練習・演奏してくれました。理想的な仲間を得ることが出来たのです。邦楽から更に遡った雅楽の演奏家にも会えました。そして雅楽の先に見えたのがアジアだったのです。

 

ちょうど良い時に韓国音楽(特にシャーマン音楽)に出会う事が出来ました。それがなかったら効果を狙った「不健康な」音楽に集中し、結局は身体や精神を病んでいた可能性が高かったのでは、としみじみ思います。

思いは高まり、1992年に「ユーラシアン弦打エコーズ」というコンサートを実施しました。私には不相応の大きなコンサートでした。雅楽・邦楽・ジャズのミックスオーケストラを組織して、韓国の演奏家を4人迎えたのです。(金正国・元一・姜垠一・許胤晶)ゲストに金石出さんも出てくれました。日本と韓国の2国の音楽なのですが、あえてユーラシアという言葉を使い、歴史的にも空間的にも大きな視野を得ようと思ったのです。何かに背中を押されているようでした。そうでないとこんな大きなコンサートはできません。

 

東海岸のシャーマンと珍島のシャーマンから、そして国楽の安淑善さんから大変多くのことを学びました。恩返しに書いた曲をまとめたのが「Stone Out」でした。箏4重奏KOTO VORTEXの委嘱で書きましたが、自分も参加してCDを制作、さらに神奈川フィルハーモニー管弦楽団とも演奏(沢井一恵さん参加)しました。また、現在もコントラバスアンサンブルで抜粋を演奏しています。

 

その後、長らく韓国との関係が途絶えましたが、再びきっかけがいくつもやってきました。

ジョセリン・クラークさんという北大のクラーク博士のひ孫にあたる方が沢井箏曲院にいました。ハーバードの学位をもつ才媛で、日本語・中国語・韓国語、日本の箏・中国箏・韓国の箏をマスターしたというおそらく史上初の人です。彼女が故郷アラスカでCross Soundというフェスティバルを長年主催しています。ある年に私が呼ばれ、私のためにイ・ゴニョンさんという韓国の作曲家が曲を書いてくれました。彼も初演に立ち会ってくれ、話をすると、なんと元一さんも姜垠一さんも許胤晶さんもよく知っているとのこと。彼が学長をしている韓国国立芸術大学でよく会うと言うことでした。

 

なんとなく韓国が近づいてきたな、という印象が少しありました。

 

現在一番よく共演しているダンスのジャン・サスポータスさんが来日時に彼のワークショップ「ジャンさん体操・気の道入門」をオーガナイズしました。集まった人の中に南貞鎬(ナム・ジョンホ)さん・ダンサーがいたのです。まさに十数年ぶりの再会でした。ソウル芸術の殿堂のオープニングを一緒にやりました。そして現在はイ・ゴニョンさんの芸大の教授だそうです。(みんな偉くなってしまって・・・)あまりにも突然でビックリ。何とか共演したいね、ということで長谷川六さんの公演の幕間に20分のデュオをやりました。それが大変評判になり、ソウルのモダンダンスフェス、アヴィニオンの冬のダンスフェス、シビウのフェスに招待されました。その内、ソウルとアヴィニオンでは元一さんとジャンサスポータスさんも共演出来ました。

 

また一歩近づいて来ました。

そして2013年8月8日に21年ぶりで日本でコンサートが出来ることになったのです。そして、21年前のメンバーが5人一緒です。さらに南貞鎬さんもジャンサスポータスさんも一緒です。ジャンさんの参加でユーラシアの視点もさらに明らかになります。姜泰煥さんのインプロビゼーションも大いに期待できます。

いろいろな思いの詰まった豪華キャストのコンサートになります。

一夜だけの公演です。是非ご協力願えればと思う次第でございます。

2013年4月29日 齋藤徹

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