牡丹と馬リハーサルが続きます。

 

この夏の初共演でのあの感覚は何だったのだろう?と思います。感情の大きな揺さぶりとは、大きな質問の発見なのかもしれません。こんな大きな質問にはそう簡単には答えは見つかるはずもありません。

 

「しゃべる」こととは自分の喉を通過して出てくる声を「聴くこと」だ、という考え方が好きです。どだい自分の感情をすべて所有できるものではありません。多くの感情の中から都合の良い感情を抜き出して「自分の感情」と名づけているだけとも考えられます。選ばれなかった感情はどこへ行くのでしょう?

自分の喉を通過して出てくる声の中から聴き逃した声はどこへ行くのでしょう?

 

自分の声も感情も好みも所有できないものだとすると、選ばれなかった声・感情・好みの行く先が「表現」になる、と考えられます。太田省吾さんが「喜怒哀楽は表現では無い」と言ったことに近い考え方でしょう。

 

「風の器」の俳優・ダンサーとのコミュニケーションとは、聴こえなかった、あるいは聴き逃した音・声でコミュニケートすることと捉えられるかも知れません。私の身体や楽器を通して出てきていても聴き逃している音達、あるいは出てくることが出来なかった音達。

 

通常の人々が言葉でコミュニケーションを取っている、ように見えることでも、どれだけ通じているものか、言いたいことが言えているものか、言いたいことは何だったのか?通じるとは何なのだ?楽器を演奏するとは何なのだ?そんな大きな質問が私をつき動かします。彼らにぶつかっていきます。

 

本日もミッチリとリハーサルをやりました。私はなるべくソロを取るダンサーの近くで演奏します。ダンサー達から見える位置で演奏します。今日のリハでの発見もいくつもありました。ピアニシモとフォルテシモは同じ役割なのだ、大きさの記号ではなく、表情記号であり、その質量は同じくらい大きいと日頃から思っています。今日の収穫はその先が見えたことです。ピアニシモどころでは無く「無音・沈黙」のざわめきの大きさ、音を出さない行為、演奏できない状態での演奏、などを試みました。

 

まだまだリハは続きます。熱い冬です。

徹の部屋Vol.23 「牡丹と馬 遠野ものがたり」

■日時:2012年12月24日(月・祝)13:30 open/14:00 start
18:30 open/19:00 start 昼夜2回公演
■出演:庄崎隆志、南雲麻衣、斎藤徹、

美術:安元亮祐
■料金:予約3,500円/当日4,000円(ワンドリンク付)
■予約:03-3227-1405(ポレポレタイムス社)Email : event@polepoletimes.jp

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