十日町再び

3週間ほど体調を崩し病院での検査の日々でしたが、原因もほぼわかりました。昨年から続いている新潟県十日町でのイヴェント(書家・平野壮弦さんが中心になり彼の故郷でのイヴェント)にはなんとか行こうと、この日に照準を定めて禁酒・禁風呂を守りました。なかなかえらいもんだ。
とはいえ、体力は確実に落ちていますので、要注意しながら十日町へ車を走らせます。長福寺裏の千年のブナ林、これだけ海抜の低い位置にあるブナ林は稀とのことです。酸素が多く、地面が柔らかいので、病み上がりに身にとってはアジールに逃げ込んだような気分になります。昨年は雨のためにお寺の屋内で実施しましたが、今年は良い天気。というか、天気、良過ぎ。野外での直射日光は容赦なく身体と楽器に突き刺さり、汗が噴き出します。
今年は子供の参加者が多いと言うことで、アジア系の打楽器を持参。バリのチェンチェン、チベタンボール、韓国の銅鑼、輪、ベトナムの指鈴、インドのシュルティボックスなどなど。始まる前から楽器の前に子供達が集まり演奏が始まっています。良い感じです。
イヴェント開始。まず、横5メートルの白い布に壮弦さんが筆を入れます。もはや墨で書くということは越えていますので、色も使います。が、絵画とはどこか確実に違います。私は布の後ろに位置取り(ちょうどライオンヘッドが布から顔を出す感じ)、弓や楽器自体で布を押したりして挑発します。もちろんそれに乗って壮弦さんは書きます。もう長いお付き合いになりますので彼の気質は了解済みです。

次は、壮弦さんにお題をいただき、私が演奏、その文字をデフォルメした書を1メートル四方の紙に三種書きました。(信濃川・鳥・雪解け)これはこの後の子供達のワークショップの参考にということでした。それにしても書はあっと言う間に終わってしまいます。東川かたるべプラスのテッチ師匠を思い出します。

私が10人ほどの子供達に楽器の説明をしていると、段取り通り、スタッフがブナ林の遠くから銅鑼やシュルティボックスを鳴らしながら近づいてきました。なかなかの演出でした。ベトナムの指鈴(ハックメナム)をひとり二つ渡し、親指か人差し指に付けてもらい、警しつ(春日大社・若宮宮の儀式の時の発声)をみんなでやりました。オーーーーと空を見上げるように叫ぶと何かを呼んでいる感覚になります。1000年の林のせいでしょうか、特にそう感じました。
その勢いのまま、子供達が好き放題に大きな紙に書きます。私はあえて静かな音を出し続けました。
反物を木と木の間にはためかせ、そこにオトナ達が好きに書きます。反物状の布がながく張ってあるのをみるとどうしても珍島(韓国・チンド)のシッキムクを思い出します。珍島シャーマン(キム・デレさん、チョウゴンレイさんたち)がこの布を海にみたててその上に舟を動かします。死後結婚の儀式もあるということ。

そしてその反物をその場で2人のモデルさんに着付けをします。お寺の裏でやっていますが、何か、仏教渡来以前の日本を感じてしまいます。

へぎそば日本一の小嶋屋さん(小林社長がブナ林保存会会長)特製のコシヒカリおにぎりと豚汁でお昼をいただき終わりました。(昨夜の準備会という名の歓迎会も小島屋さんの心のこもったもてなしでした。)
暑さで頭がグツグツ煮えてきましたが、頭に水をかけたりしながら、なんとかお役目を果たせたことを歓び、帰途につきました。日焼けの火照った状態が続く間、十日町をずっと思い出すのです。
みなさまご苦労様でした。おせわになりました。ありがとうございました。

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