帰国そして「1980」

気がつくと日本に帰ってきていました。長時間フライトはあまりに異空間なので、前後が分断されています。持ってきてもらった映画を3本観たので、エコノミー症候群も軽症で済みました。ホッ。
帰国前夜、ピナカンパニーのメルクマール的な作品「1980」を鑑賞。先日観たドレスリハーサルとは違い、実物の芝生が舞台全面を覆っています。芝が黄色くなる時期を綿密に計算しているそうです。直後のパリ公演は12回あるそうです。(全部売り切れ)笑いを誘う部分がとても多いのですが、本当は、3時間45分の壮大な儀式(葬儀)でした。終演後、何とも哀しい気分になってしまいました。ピナさんのパートナーの死が各場面に盛り込まれているそうです。「カフェ・ミューラー」でジャンさんがやっている椅子片付け役は彼が最初にやっていたと聞きました。
横たわって死んでしまった人とダンスをしようとするシーン。はしゃいだり、ふざけたり、じゃれ合ったり、叫んだり、ハンカチ落としをしています。冴えない中高年の手品師・体操選手・バイオリニスト・足踏みオルガン奏者が登場。何でもない技に対し、いとおしむように聴衆の拍手が起こります。美人コンテストに男性も参加していたり、芝でくつろぐ楽しい瞬間は永遠のように刻印されます。
人生とダンス。いくつもの物語が各場所で同時進行、何処を見れば良いのかわからなくなったりもします。映画「ピナ」でジャンさん(とスロッギー)がジャズで踊っている振付はこの舞台のものでした。出演ダンサーひとりひとりに対し平等に多くの語るシーンがあります。
初演当時の事情を知るものはスタッフを含めて5人。大事なレパートリーであるのに10年公演は無かったと言います。なぜ今?・・・・・亡くなったピナさんへ対する儀式だったのではないでしょうか。芸術監督になったドミニク・メルシーさんやジャンさん達の追悼の気持ちと、新しいメンバー達へ繋げたい気持ち、今なら出来そうだ、という状況、第2の根拠地パリでの12回公演、などを考えたのではないかと推察します。
ブッパタールの客席にはメンバーより長くピナカンパニーと共に生きてきた人達も多いので、拍手は鳴り止みません。ジャンさんも人一倍拍手を受けていました。カンパニーにとっても、聴衆にとっても1つの大きな区切りになる舞台となるでしょう。これを観てから帰って欲しいと言ったジャンさんの気持ちもありがたかったです。

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