「無い」ことを「無いことが有る」と考えること、「不在」とは「不在がある」と見ることにならって考えると、無音は非演奏ではなく、無音という演奏になります。無音をより味わうために音が有ると考えることもできます。また、共演者に「私の演奏」をさせてしまうための無音も有ります。
他のジャンルの人達との共演も同じです。音楽を完結させてしまっては、他のジャンルの人達は困るわけで、その結果、彼らも自らのパフォーマンスを完結させてしまうことが多い。いずれにせよ「自己表現」することに囚われているとダメです。「聴くこと」=「信じること」=「待つこと」です。自分が思い通りの演奏してもたいしたことはできていない。思いがけないきっかけ、他者との出会い、知らない自分との出会いなどからでてくるものこそが大事。
9日は「いずるば」で三人のダンサーとの共演でした。ダンスとの共演が多いニンもミッシェルもちゃんと心得ていました。まず、三人の配置もいままでと変えて大きくとり、ニンはダンスがすべて見える位置にセッティングしています。ミッシェルは自分が動くことを前提にセッティングしています。
三人のソロをそれぞれ引き継ぐカタチにして50分、その後、最後のソロの東野さんに加わっていく形で柿崎さん、竜太郎クンが一人ずつ加わり最後は全員という流れでした。
午前中に完成したこのチャートはうまく作用したように思います。日本でダンスブームが起こって久しいですが、ずっと残るダンサーも少しずつでてきているのでしょう。この日のダンサーは皆そうです。残る、というよりも、止めるわけにはいかないと言った方が良いいのか、いや、さらに、止めることができれば止めたいけど、そういうわけにはいかない、そのために生きているのだ、という感じでしょうか。それはミュージシャンも同じだと思います。
ニンの写真ブログ (http://www.lequanninh.net/blog/) 、二人は根津美術館に行きました。手のかからない二人です。特に庭に感銘を受けていました。また表参道周辺のリッチな環境と人々に驚いていました。ふたりとも選んでかなりの田舎に住んでいます。
