黒いシルクハットの西洋紳士と白髪のベーシストが店主の55歳の誕生日を祝いに来店。
なにしろこの店は、変な音楽を流しながら理髪するので危なっかしくてしかたがないけどそのスリルがたまらないよ、というお客様と、そんな変な音楽になれてしまってフツーの音楽じゃ張り合いがなくなっちゃったよ、というお客様でいつも一杯です。また演奏家を呼んでコンサートを20年以上企画しているのです。この日が88回目の演奏会。(ゾロ目が続きますね)世界中の変な演奏家が日本に着くとバーバー富士はどこ?と探しに来るので、欧羅巴の雑誌も取り上げたと言うことです。
西洋紳士はハンガーに上着を掛け、帽子も掛けようとしますが、帽子が顔にくっついてしまいました。ベーシストも上手いんだか下手なんだかわからない音ばかし出しています。きっとゴーシュさんのようにあまり上手ではないのでしょう。さては、ごまかしているようにも見えます。
二人ともだんだん変な心持ちになってくると、ベーシストは楽器の裏に消えてしまいました。楽器の中に入ってしまったのでしょうか?不思議に思った紳士が楽器に近づきます。前々からこの大きな楽器が好きだったので、これ幸いと、弾いてみたくなったのです。最初はパタパタと軽く叩いていましたが、下から弓が2本出てきたので1本を手にとりました。自分の首や顔に当てて弾くと何か歌が生まれそうです。いいぞいいぞと歌が出てくるのを待っていると、スペイン語のような歌が聞こえてきました。
この紳士はモロッコ生まれ。親はフランス人でしたが、乳母がスペイン語を話すので、スペイン語は彼にとって母語でした。大人になると舞踊団に入り、世界中を旅していますので、5カ国語は楽に話すことができます。でも、自分はニホンのゲイシャの生まれ変わりだと信じて疑いません。やっぱり変な人です。
しばらく経つと、モロッコのグナワ音楽のようなリズムが出て来るものですから、彼はいてもたってもいられない様子で手に鈴を持ち、記憶を辿るようなリズムに打ち興じ、床に手をパタンパタンを打ち付けます。
前日までいたアジアの国が忙しかったのでブルースを歌いたくなりました。Nobody knows the troubles I’ve seen, Nobody knows but ……。かなりの色男ですので、過去のいろいろな女の人達との想い出もでてきてタンゴを踊ったり。最後にHappy Birthdayを変に歌って終わりました。ホントの話?夢?