壮弦さんと話すと必ず、ご出身の新潟県十日町の話が出てくる。羨ましい話だ。私の話に渋谷区幡ヶ谷の話は出てこない。中川幸夫さんと大野一雄さんの壮大なパフォーマンスも十日町だった。自然、そこから生み出される豊饒な食物・酒、人間の身体や心を作っているもの。もちろん良いことばかりではなく、地震もあり、豪雪もある。
ポレポレ坐、徹の部屋10回目のパフォーマンスが終了しました。実を言うと、5日前まで予約が1名、という状況で、焦っていましたが、ちょうど良いくらい席が埋まり安心しました。
第一部、墨と白い紙、ということで、普段以上に儀式的な予感があり、そういう導入になりました。私にとって儀式とは、捧げ物に近いニュアンスです。よく英語をしゃべるひととパフォーマンスの話をするとき、かれらがパフォーマンスのことを「show」という単語を使うのに、違和感を感じています。ショーとかエンターテイメントとかは、どうしてもアメリカ的ショービズの印象が強いからでしょう。
それに対して日本では「道」があります。武道・武士道・柔道・剣道、芸でも芸道、華道、勝ち負けでなく、(勝って喜んではいけない相撲道と外国人力士の話、オリンピックでの柔道の話がよくでますね。)
演じる方と観る・聴く方が直接繋がっているのではなく、何か上にあるもの(神だろうか)に対していて、謂わば三角形の関係ができている。能の舞台の客席には神の席があると聞きます。
演じる方は、直接、お客様を楽しませるのではなく、自分の信じることを精一杯演じる、それを見守る上にいるもの(神)が観・聴く。良いものだと、三角形が成り立つ。
壮弦さんは、写真でもお分かりのように,書と言っても『字』は書かず、筆の他に木の枝や布、自分の手などで書く。変わったことをして観衆を喜ばそうとしているのではないはずだ。私が楽器を寝かせて弾いたりすることと近い。
こうやってしかできないのだ、これが現在の自分では一番の方法なのだ、さらにはこうやってしか生きていけないのだ、という思いを担保にして、身を投げ出す覚悟がなければできない。
私のシャツにも書いてもらいました。壮弦さんの木の枝筆を拝借して演奏。
第三部でみんなで書いた作品
第三部では、集まったお客様に書いてもらうことになった。思い思いの線を書く。全体もいつしかまとまってくる。壮弦さんは若い頃、教育を目指し、8年間奮闘したと聞く。やはり彼の中には教育の理想がいつも燃え続けているのだろう。その思いがこういう参加型の時間を取り入れていく動機だ。見習うことは多い。
徹の部屋10回+2回(第0回のソロ、座・高円寺のオンバク・ヒタム)を通じて、本当にいろいろな人に会えた。自分の演奏を通して会えていることが何より大事。