コピーって・・・

コピーはコピーにあらず、だからコピーはコピーなり。

なんて、分かったようなことを言うようですが、この1週間、この問題で多くの時間を費やしてしまった・・・・。

このブログを含むホームページ制作ソフトが不調になり、ずっとアップできなかった。自分の力ではどうにもならないことがだんだん分かってきて、昨日は渋谷mac shopのgenius bar(天才のバー、すごいネーミング。)を予約し、相談しに行った。

居並ぶ天才が1時間以上、いろいろな可能性をさぐり、私の知らないいろいろなことをやってくれた(本来は20分間のはず)が、結局ダメ。見ていた私もだんだんイヤになった。

帰りの電車でちょっと閃いた。タイムカプセルという方法で1月の初旬に1回バックアップを取っていたはずだ・・・。時間を遡ってその痕跡をたどり、ブログを作ったページに行き着いた。このころは正常だった、という唯一のよりどころ。

不具合が起こった時からだいぶ遡らねばならなかったが、原稿も残っていたので、記憶を頼りに、その時点から今までをすべてやり直した。

そうしたら問題無くアップできるではないか。

結論:ホームページの情報をすべて留めているドメインサイトというものをコピーして移動した時に、そのコピーに何らかの不具合があった。コピーは同じだと信じ切っていたニンゲンの敗北。天才達も例外でなかった。そもそもコンピューターはコピーマシンなことは事実、そこに落とし穴があった。

コピーが全く同じもので無かったのだ。それはコピーとは言わない、いや、だからコピーなのかもしれない。クローンも同じではないのかもしれない。トランジスターだって元々は自然界の石だし、集積回路に微生物を使うなんていうのもあるそうだ。

日本のポピュラー音楽界では、長い間、耳コピーというのが大変大切な作業だった。ジャズもシャンソンもタンゴも、今のように交通が進んでなく、日本自体が経済的に弱かったし、インターネットもない時代には、高い貴重なレコードから憧れの音楽を『耳コピー』して譜面化したりなぞったりして勉強してきたのだ。

高柳昌行さんのコピー術は徹底していてオープンリールテープをゆっくり再生して、完璧にコピーを取っていた。たとえコピー元が間違って演奏していてもそのままコピーした。

そのくらいのコピーが本来必要なのだ。音程と長さをオタマジャクシに移すだけでは不十分。音質やミスの領域まで深く入り込むことが必要だという教え。

小松亮太さんのピアソラコピーも堂に入っていた。特殊能力に近いできばえの分厚いノートを見たことがある。

それに引き替え私はコピーが苦手だ。そういう風に身体が行かない。

クローンやミラーニューロン、などの文脈の中でコピーも考え直して見る必要があるようだ。つらい教えに満ちた1週間だった。

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