南へ

この1年間で四名の赤ん坊が「塩」デビューしました。国籍などどうでも良いですが、スイス、ドイツ、日本。つい先日は中野椰葉汰(やわた)君でした。親たちが会食している間、まったく泣きませんでした。見事でした。この名の漢字は椰子の椰を使っています。「南指向」があるのでしょうか。

私が最近使っている美術品・楽器(↑)は小林裕児さん作ですが、これには、「吹きだし」が付いていて「MINAMIHE」と書いてあります。南へ行ってくれ、と指定してボートに乗っているようです。

愛知県の伊良湖岬に滞在していた柳田国男が、流れてくる椰子の実を見て友人の島崎藤村に話をし、それが元で「椰子の実」の歌詞ができたそうです。「名も知らぬ 遠き島より流れ寄る 椰子の実一つ」これです。柳田も日本民族の故郷は南洋諸島だと思ったようです。海上の道へつながります。

私にも南への漠然としたあこがれはありますが、なにしろ皮膚が陽に焼けないで赤く腫れ上がって終わりなので、身体は南から来たとは想像しがたく、北から来た民族の要素の方が強いのでしょう。何年か前に韓国ータイーラオスというアジアツアーをした時のメンバーの一人(F・Iさん、ピアニスト)は南の地でとても馴染んでいて、おかしいほど何の違和感もなく、近所のおじさんのように、その地に溶け込んで子供達と遊んでいました。

箏の大きな編成を試したときに、いろいろなリズムをやってみました。面白いことに、彼らの楽器習熟度に関係なく、それぞれに「簡単に出来るリズム」と「どうしても出来ないリズム」があることがわかりました。きっとその人と祖先の出自と関係があるのではないかと思ったものです。

「ハリマオ」ものを読んでいるので、こんな晴れ渡った真冬の東京ですが、頭の中はアジアの熱帯雨林です。

宮崎滔天の『馬賊の唄』「オレも行くから君も行け 狭い日本にゃ住み飽きた 支那にゃあ4億の民がいる」なんてなものも思い出しましたが、やはり小熊秀雄の童話「土の中の馬賊の歌」の方がよっぽど良いです。殺されて首と胴体が離れちゃったって月を愛で、酒に酔って歌っている盗賊の首、胴体と離れちゃったのでおしっこが出来ないから酔いが覚めない、首があまり多くなったので土に埋めてもまだ歌っている、なんという想像力!そして何となくアジア的な感じがします。アジア的って何なのでしょう。

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