80年代後半から10年ほど、私は韓国・アルゼンチンという2つの国のリズムに浸った。それは消えることなくいつまでも身体の中にあるような気がしている。しかし、例えばタンゴを演奏する時に、そのころの遺産でやっているだけではないか、という気持ちも否定できない。
韓国音楽はというと、レコード会社と意見が合わず離れてしまってから、ほとんど韓国の演奏家と演奏するチャンスはなかった。
神保町すずらん通り「文房堂」で行われた小林裕児主催ライブパフォーマンス「虎」。自らが虎のペインティングをしてきたチョウ・ソンハさんの「恨」が空間を仕切った。
彼は、ケンガリで始めたが、少しでチンに持ち替えると最後までチンを叩き続けた。「韓国、韓国と騒いでいるけれど、おまえの韓国はどれほどのものなのか?ただ都合良い時だけ都合良いように利用しているだけじゃないのか?」と問われているようだった。
そういう問いには真摯に応えるしかない。そうでなければ人前で音は出せぬ。珍島のシャーマン、パク・ピョンチョンさんに習った長短(チャンダン)からオンモリ、そしてクッコリを中心に演奏した。オンモリの5拍子は「動物」や「何かが起こる前兆」を表すと習った。今日はこれしかあるまい。3拍子や4拍子に収まりきらない拍子がドンドン溜まっていき空間を埋めていくのが見えるようだった。
チョウさんの立ち居振る舞いは時にマレーのザイ・クーニンを思い出させる。前回、韓国の虎・大木金太郎さんの話を書いたが、マレーの虎・ハリマオを思い出し、少し調べてみた。谷豊さんという福岡出身の実在の人。
ムスリムに改宗し、マレー人の奥さんを持った谷さん。家族がマレーで経営していた理髪店で中国人の襲撃を受け妹を失う。その後、盗賊団の首領となり、金持ちの中国人・英国人のみを襲う。後、マレーをイギリスから解放するためというふれ込みの日本軍の諜報機関にはいる。なんとも伝説の多い人だ。
月光仮面の後、怪傑ハリマオというテレビドラマがあった。私の通っていた幼稚園にターバン・サングラス・二丁拳銃のハリマオが来たことがあった。ドキドキした。ザイの父親は、日本軍にシャーマンの仕事を規制され、エンターテイメントを強制されたそうだし、「バカヤロウ」もよく覚えていたが、日本に対する敵視はそれほど強いものではないと聞いた。(言葉通りに理解してはならないだろうが。)
「今を生きている自分が東アジアの凄まじい歴史の葛藤を韓国の歴史を通じて"今"が虎の今と共に立ち顕れた感じです」という小林さんのメールにあるとおり、私たちはそのまっただ中にいることを実感した有意義な日でした。
↑の写真は荒谷良一さんのものです。