再びソーサさん!

15日の門天ホールの最終リハーサルを終えて家に帰ると、メルセデス・ソーサの最終CD/DVDセットが届いていた。リハーサルでずいぶんとハレの気持ちになっていた。当たり前のように、15日に演奏する南米・ポルトガルの歌は豊かで、嬉しく、哀しく、人の心を鷲づかみする。今夜もまた、それらの音楽が頭で鳴り続け、眠れないのか、と思っていたが、すぐにDVDを観てしまった。

35人におよぶデュエット(CD2枚)の録音風景がソーサのインタビューとともに録画されていた。何でデュエットという形式?しかも35トラック、ほとんどが同じスタジオで同時録音という方法をとっている。これは、相手のミス、自分のミスなどで録り直しを繰り返すストレスがついて回る。もちろん、デュエットは同じ空間で歌った方が良いに決まっているだろう。おそろしく気力・体力を使うはずだ。健康に不安のある人ができる方法ではあり得ないのだが・・・・・

なぜ、その方法をとったか?DVD最後のインタビュー、なぜ今こういう録音をしたのか?に答えて、ソーサはチャーリー・ガルシアと歌った歌を引用して「I am not going to die.」と答える。そうか、これは遺言セッションだったのかもしれない。35人へ歌を託したのかもしれない。そう思うとCDを聴くことができなくなってしまった。私には、もう少し時間が必要だ。

願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ、と詠んで実際逝ってしまった西行がチラッと頭をかすめる。

自分の健康状態から、確信しての録音・録画だったのだろう。アルゼンチン・フォルクローレ界の歌手に明るいわけでないので、知らない人も多かった。ラッパーまでいる。お馴染みの曲も幾つかあったが、フォルクローレもタンゴもラップも「歌」として、「歌を」「言葉を」「愛を」「人間を」信じる気持ちを共有・伝達・託したかったのだろう。デュエットは、一対一なのだ。

「ブラジルは私を一番守ってくれた」「ポルトガル語で歌うのは簡単なことではない」とコメントしてブラジル三曲・ジョビン・カエターノ・シコの曲だ。この辺でウルウルしてしまう。カエターノは実際ここに来て「コラソン・バガボンド」をデュエットしている。カエターノとの再会セッションに涙するソーサ。シコの「ウ・キセラ」(この歌はジャック・ブレルの「ヌムキテパ」を参考にしているそうだ。)をソーサで聴けるのはなんという幸福か。

女性がアーティストとして暮らすのがどんなに大変か、と言うコメントもあった。そういえば、ピナ・バウシュ舞踊団がアルゼンチン公演をしたときに、ソーサは駆けつけたそうだ。同じ女性としての共感があったのだろう。ジャンはその時にソーサに会い、彼女の手がどれだけ柔らかかったかを話してくれた。そうそう、プグリエーセ楽団との共演の試みも進行していたそうだ。実際にプグリエーセ楽団の練習場に何回か訪ねてきたが、どうも共演・録音は実現しなかったようだ。ともかくあらゆることに意欲的だったのだろう、いや、「せずにはおられない」と言った方が近いのかも知れない。

多くのデュエットの相手が、腕を振り、身体を揺らして歌っているのを暖かく見つめ、どっしりと椅子に腰掛けて歌うソーサが目に焼き付いてしまった。ご冥福をお祈りしています。

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