あの岬を回って

ドンドン島の帰り、ザイは、ヤンさんにボートを停めてもらって無人島で降りた。「ここはシーノマッド(海の遊牧民たち)にとって特別な島だ、ここで少し泳ごう。」夏の冒険に油断して過度の日焼け(もうヤケドに近い)をしてしまった私は、唯一得意なスポーツである水泳を楽しみ、島を一周した。

島の角を回る度に潮の流れは変わり、水温は変わり驚いたものだ。一周したところで陸に上がるとスーッとヤケドが退いていた。こういうこともあるのだな、と心に記した。自然に対し謙虚になる、ならざるを得ない瞬間だ。

↑の写真の神威岬でも、回ると潮も大分変わっているだろう。それでも海は続いている。この大量な水よ。

私が育ったころ、(いや、いまでも)情報をたくさん持ち、機転が利き、何事も素早く、記憶力を鍛え、競争に打ち勝ち、パイの配分を多く勝ち取る、ということが是とされてきた。塾の先生が「きれいに、はやく、きれいに、はやく、きれいに、はやく」と強迫めいて唱えていたのを忘れない。いまだに思い出してはドキドキしてしまう。あの人は今どうしているのだろう。

私の生まれた1955年、55年体制と呼ばれる体制ができあがり、それを元に日本は進み、高度経済成長をとげ、バブルがはじけ、貧富の差が広がり、ちょうどオンバク・ヒタム公演の日に自民党が野に下る。

一穂翁のような一見不器用に見える生き方を、見直さなければならない。情報に泳がされ、むやみに右往左往せずに、自分の中に、外にじっくりと光を当て、謙虚に向かう。情熱は砂をも燃やす。

「信じること=待つこと=聴くこと」で「今・ここ・私」が、普遍へと変わる。

神威岬を回った潮は、遠くインドネシアの祭りを、琉球の神事を、韓国の歌舞を「かいやぐら」にして見せてくれるのだろうか?いや、見取ることができるかどうかは、私たちにかかっているのだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です