ポルトガルのコーヒー

ベルリンフィル125周年記念映画が2本上映中。イギリス人常任指揮者、日本人コンサートマスターらとの現在進行形ベルリンフィルのアジアツアーを扱った表の映画と、ナチスの宣伝として働いた「裏」の時代を扱った「帝国オーケストラ」。レイトショーで後者を観る。観客は10名程度。

ゲッペルス宣伝相とフルトベングラー、毎年のヒトラー誕生祝いコンサート、敗戦間近の負傷兵相手のコンサートなどの生々しい実写が挿入される。宣伝用なのだろうが、「夜と霧」の映像がナチ宣伝にも反ナチにも使えるということを思い出す。

フルトベングラーのナチ関係、ユダヤ人擁護の話題よりも、普通の楽団員たちがいかに音楽好きの芸術家だったことが描かれる。フルトベングラーの元で演奏することの幸せ、どんなに音楽が好きか、当時ナチスのやり方には生理的に反発していたが、職を辞してまで反ナチスの態度は示さなかったこと、そうできる状況でなかったことが語られる。

当時在籍していた二人の存命者の内の一人、エーリッヒ・ハルトマン(コントラバス奏者)のインタビューが随所で出てくる。部屋の譜面台にはハンス・フリーバのソロ、ホフマイスターの譜面が見える。コントラバス奏者からみると、なるほど、と思わせる楽譜だ。こうやって高齢になっても音楽に精進している日常が見て取れる。

多くの外国公演の一つでポルトガルに行き、当時ベルリンでは宝石同等に貴重だったコーヒーを持って帰る。そうするとほとんど物が買えたという、もう一人の存命者(バイオリン奏者)が語るエピソードが印象的。その鉄路もフランスレジスタンスにより破壊され、行くことが出来なくなった。

日本では、今、「私は貝になりたい」が巨大な宣伝をされている。上官の命令には逆らえない一兵卒の物語。どこかで通じている。

米ソ対決の構図の中で25万人戦犯・公職追放者のほとんどが解放された日本。ナチに関する犯罪時効が無いドイツ。アウシュビッツでの「オーケストラ」、党員だったフォン・カラヤン、日本で死んだユダヤ系ポーランド人コンサートマスター、シモン・ゴールドベルク、東京裁判、沖縄、などなど話は次々に繋がっていくはずだ。

(そうとは知らずに)ユダヤ人から取り上げた貴重な楽器を使うってどういうことか。私の使っている楽器の131年の歴史にどういうことがあったのか?ナチスのためにも役だった「音楽」に絶望して「音楽への憎しみ」を書いたパスカル・キニャール。「巡り逢う朝」。いろいろなことが頭を駆け巡る。

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