たまにクラシックや現代音楽の仕事をする。クラシック音楽ではガット弦がとても美しく響き、スティール弦の共演者にも喜ばれる。シューベルトの「鱒」などを響きの良いホールでやる時は気持ちが良い。それに反して、現代音楽では、スティール弦に換えてくれないか?と作曲家に言われることがほとんど。
それぞれの時代の作曲家の想定しているコントラバスの音の違いがこういう結果を生むのだろうが、いろいろと面白い問題を提起している。
50 年前まではほとんどガット弦だった。すなわちガットの音を想定して楽器が長い間、育ってきたと言って良い。ガットの音は雑味を含み、時に音程がクリアに聞こえないが、他の楽器との音の混ざり具合は絶妙。所謂、暖かい音がする。ピッチカートをきつく続けてやっても指にもやさしい。(「オーディオ・ベーシック」という雑誌にサンプルCD付きでガット弦の特集をしたことがあるので詳しくはそれを参照ください。)
では、現代は雑味を無くしてハッキリくっきりした音だけが求められているのだろうか?カラヤン時代のベルリンフィルのコントラバスセクションはソロ弦(普通のスティール弦よりもさらに細い)を緩く張ることを求められたという。そうすると弦セクションは一つの巨大な弦楽器のように響くだろう。すなわちコントラバスは大型のチェロを目指し、チェロは大型のヴィオラ・ヴァイオリンを目指す。全体として倍音が整然と並んでいる音質だろう。それに対し、太いガット弦は、「音が小さい」「音程が取りにくい(ヘタに聞こえる!)」「値段が高い」という三重苦を持っている。
コントラバスの弓は大きく分けて、フレンチ弓とジャーマン弓がある。このこと自体がコントラバスのあやふやな立場を表している。ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロはフレンチ弓だけだが、コントラバスはフレンチ弓とジャーマン弓がある。ジャーマン弓は、ハッキリとした輪郭を持った強い音が出やすい。逆に言えば、雑味を減らして音程感のはっきりした「主張する」音を出すことが出来る。日本ではそれが主流だ。しかし歴史とノウハウの蓄積は圧倒的にフレンチ弓の方があるため、上質な弓はフレンチが多い。ソロコントラバスで一番有名なゲイリー・カーは、フレンチ弓をジャーマン式に改良して使用している。細いスティール弦をジャーマン弓で弾くのが日本では大多数派だ。
そもそもコントラバスはチェロやヴァイオリンとは出自が違う。大型のチェロを目指すだけならあの大きさは要らないだろう。チェロとコントラバスを比べても最低音が1オクターブも違わない。しかしコントラバスが存在し続けている(必要とされ、愛され続けている)のは、大型のチェロではできない要素があるからで、それは何と言っても「音質」しかない。雑味(ノイズ成分)を多く含むあの音質だ。お寺の鐘の音が胸に沁みるのはその複雑なノイズ成分ゆえだ。鐘の大きさはコントラバスの大きさと同じ理由。長く太い弦が必要なのだ。逆の例を挙げると、パトカーのサイレンの音。それは倍音成分を押さえた雑味のない音だ。だから遠くまでハッキリと聞こえる。それがサイレンの目的。
私が思うコントラバスの特徴を最も美しく表しているものの一つのが、(かつての)タンゴ・コントラバホだ。ガット弦をフレンチボウで弾く。堂々として胸を張っている。雑味をたっぷり含み、時には打楽器的に、時にはメロディを歌い、常に楽団をリードし続ける。ダンサーの足に一番近い。
私がフレンチ弓・ガット弦の良さを実感するのに15 年かかった。楽器のような習い事では、世の中で主流のやり方を無条件に教えられるし、楽器店もそれに従う。そう言う環境しかないのだ。一つ一つ検証するには時間もお金も勇気もかかる。何か違うな〜と思い続けて、15年たった頃、たまたまガット弦を手に入れ、たまたまフレンチボウに触れた。それは一瞬の出来事だった。それ以来、戻っていない。
今は、下の二本をアメリカのGamut へ極太弦を特注(tetsu versionというのがある。)上の二本はイタリアのTORO社の羊ガット。手に入りやすいガット弦は牛のガットが多い中、ここは羊腸で勝負している。私の使っている一番細いG弦がスティール弦の一番太いE弦の太さに相当する。ほとんど違う楽器だ。弓は楽器と同じガンベルの弓とグルンベルジェさんが私のために作ってくれたフレンチ・ジャーマンのハイブリッドモデル。
ベースの話はまだ続けます。