月のチカラ

昨夜の月のチカラでしょうか・・・ひと山越えることができました。ふ~っ。ご心配かけました。

しかし、ココロからバンザイにならないのはなぜでしょうか・・・・・ちょっと考えてしまいました。日頃、隠されている、あるいは、見ないようにしているものが目の前に出てきてしまったからか。とすると根は深い。同じような状況になるとまた同じことが起こるのでしょう。

世の中すべてを見ているわけにはいかないわけだから、気づかない間にやったことと、確信犯でやったことの差は?

アウシュビッツでナチ側のためにも同じ音楽が使われた、ナチを止められなかった、ということで、「音楽への憎しみ」を書いたパスカル・キニャール。彼の作で、長らく絶版になっている「音楽のレッスン」が古本で手に入った。胎児が聴いていた音、胎内血流音ノイズと調性や声との関係など私のずばりストライク領域でちょっとドギマギしてしまう。

探している本の見つけ方にしても、昔なら新左翼の本は新宿のアソコ、右翼の本は水道橋のドコ、など決まっていて、ドキドキしながら出入りしたものだ。それが今、アマゾンで古本まで調べてくれ、翌日クロネコヤマトが持ってくる。プライム会員だと配送料も無し。オルタナティブが消失したんだ、と言われて久しいが、実感する日々である。音楽というジャンルでは、スマップも齋藤徹も同じ尺度の中で計られるわけだから、しんどいのは当たり前。

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