北の旅2007その6

女達の一弦(つづき)

テン・テン・テン・テンのハーモニックスが上昇する。これは三味線型の楽器を創った3人が担当する。一人の楽器は、強固に作られていてゲンブリに近い楽器になってきている。その大きさに思いもかけない低音が出る。元のチューニングが違うのでハーモニックスによるハーモニーはその時により変わり、しかも美しい。一弦なので他の可能性が無い分いさぎよくて良いのだ。採譜などしない方が良いに決まっている。

そのハーモニックスのじゅうたんに乗り、弓奏の二台がだんだんロングノートを上昇させる、しかも音はだんだん小さくする。そうするとまわりの音がどんどん強調されてくる。普段の音に耳をすますこと、これを実感する瞬間だ。「聴くこと」は「待つこと」であり「信じること」。

その音達を支えるのが低音担当の2つの楽器。これらには楽器本体を「さする」ことをしてもらう。全体の音が小さくなるにつれてこの音が目立ってきて、二人のソロになる。楽器の中に枯れ葉をいれているので、それをさする。と、徐々に全員が身の回りの枯れ葉をカサコソ・カサコソ、我慢しながらカサコソ・カサコソ。しだいに激しくなり最後はこうなる。

これで終わる予定だったが、いろいろなことがリハーサル中に起こったので、自然にそれを取り入れる。「今・ここ・私」の実践。

井野信義さんのお母様が亡くなられた。ここモケラモケラに初めて来たのは井野さんとのデュオ。それは二回続いた。今年は「漢達の低弦」(ベース10台+ピアノ)でもおじゃましたが、その時も井野さんは参加されていた。メンバー全員井野さんのことを慕っている。では何かしたい。しかも演奏時間と東京でのお通夜の時間が重なっている。

ワークショップ用の音源(声をだす用)で、井野さんと作った音源を持ってきていた。私がよくやるE♭チューニングでのバッキング用の長尺もの。これをかけながら「invitation」をやろう、ということになる。この曲は井野さんのお父様のお葬式の時にも、二人で演奏したものだ。もともと生と死をテーマにしたガルシア・ロルカの演劇のために少年合唱用に作った。メンバーはまず私のメロディに乗せて楽器をこする。こすりまくる。それがピークに達したところでユニゾンで長い声を出す。そして静に終わっていく。

たまたまその日が母親の7回忌だった方の感想に「今日は二回賛美歌を聴きました。夜の歌は本当に祈りの歌でした。」とあった。こするだけで聖なる音を出したのだ。

最後に、歌。今回も会場の雰囲気を大いに作ってくれた書の乾千恵さん作詞・齋藤徹作曲の「夕暮れの数え歌」。私は本来作曲家でないので依頼されなければ作曲はしません。歌詞のある歌は生まれて初めて作ったもの。(11月1日にこのグループのために最終調整終えたばかり)しかしこの場にとても相応しいと思い、いや、これしかない、と思い、みんな声を合わせて歌いました。歌の力は偉大です。FAXのミスで二番(子守唄風)が届かず、一番だけでした。ちょっと残念、でも良いのだ。

夕暮れの数え歌 1 旅愁篇 (道↓面影↓再び道へ)

ひとつ ひんやり 風に
ふたつ 吹かれ吹かれて
みっつ 三日月の 昇る
よっつ 夜空 仰げば

いつつ いつしか 胸に
むっつ 昔見た 君の
ななつ なつかしい 笑顔
やっつ やさしく浮かぶ

ここのつ こころ 照らされ
遠い道 また歩きだそう

夕暮れの数え歌 2 子守唄風  (道↓空↓夢)

ひとつ ひんやり 風に
ふたつ 吹かれ吹かれて
みっつ 見上げた空に
よっつ 宵の明星

いつつ 一日も終わり
むっつ 紫の夕暮れ
ななつ 眺めるうちに
やっつ 闇へと溶ける

ここのつ こころは いつか
とうに 夢の中

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打ち上げでもう一回↓

ソロは↓

最後の最後は↓

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