北の旅2007その1

10/26
雨の東京、楽器を抱え、いくつかの難所を越え、北海道仕様の上着のためいつもより余計に汗をかき、地下鉄を乗り継ぎ羽田空港へ。それだけで一仕事。ベーシストの仕事の半分は運ぶこととはよく言ったものだ。

函館に着くや車とロープウェイで函館山山頂へ。ここで夜景をバックにタンゴのコンサート。楽団の歌手(長浜奈津子・俳優座の女優でもある)が函館出身ということでいろいろ面倒を見てくれる。小さい頃、米ではなくイカが主食だったそうだ。長年タンゴを愛し続けているお年寄りが集客してくれたとのこと。レコード一枚が月給の五分の一だったころから収集しているという。情熱は半端でない。しかも古典タンゴや思い出に固執するでもなく、新しい動きにも敏感。本当にタンゴという現象が好きなのだろう。「チェ・タンゴ・チェ」の歌詞にあるようにタンゴにやられてしまったのだ。そういう人たちを何人か見たことがある。想像を遙かに超えている。漢達の低弦のメンバー竹内聖さん(彼のブログに記事あり)が7時間ドライブして札幌から駆けつけている。北の大地は熱い。

節制生活も一ヶ月過ぎたし、ホテルの部屋で一人誕生日を迎えるのもイヤだったので何人かと飲みに行った。2年連続北海道での誕生日はワタミで泡盛片手に迎えた。

10/27~28
朝、列車で札幌へ。タンゴは昨日一日のみ、今日から昨年同様、モケラモケラプロデュースのソロ・ワークショップツアーが始まる。列車では毎度おなじみ、楽器の置き場所探し。車内が比較的空いているのでいろいろ試す。結局デッキの電話スペースに3種類の紐で結ぶ。これでまた一汗。車窓は紅葉の盛り。この色は全部好きだと、しばし見とれる。札幌駅でモケラ峰子さんと合流、一路小樽へ車移動。観光地を通り過ぎ、坂のある街並へ。あとりゑクレールでのソロ。

猫たちの天国。猫ゆかりのものたちで溢れている。憲法第九条関連の事務所にもなっている。仲間の集まりが先週1000回を超えたという。こういう集まりではオーナーに似た人が集まるもの。厳しい冬と暖かい仲間。70歳はとうに過ぎたおじいさんは元ぽっぽ屋さん。何年も前に亡くした奥さんに逢いたい、幽霊でも良い、手料理が食べたい、なんて打ち上げの席で普通に話している。映画の「ぽっぽ屋」も似たような設定だったっけ?現実と空想がごく自然に交錯する。

翌朝、散歩に出かける。今年最後の分別ゴミ集めです、という広報車。もう完全に冬支度なのだろう。坂の街小樽。急な坂を上り下りし、一番高い場所にあるように見える小学校へ。日曜野球の子供を送りに来た人に「この高台から海が見えますか?」「ここからはみえないけど、向こうの公園に行けば?ところでこの小学校は雪祭り発祥の地なんですよ。この校舎は昔こ~んなカタチでね、、、今は生徒数が当時の1割程度になってしまって・・・・」といろいろお話ししてくれる。少女時代をこの地域で過ごした峰子さんが思い出の牛乳屋に行こうと。お店はあったが残念ながら本日休業。と、店のご主人がゴミ集めから帰ってきた。なんと先程の小学校でのおじさん。店を開けてくれ、瓶の牛乳を大きな古い冷蔵庫からだし、雪祭りの資料も持ってきてくれる。ゆったりと日常の時間が流れる。あとりゑクレールのオーナー姉妹、スタッフと心づくしの朝食、話題はもっぱら映画「めがね」。

今日は旭川への移動だけなので、積丹半島に足を伸ばす。吉田一穂さんの故郷、古平に行く。この海を見ながら黒潮回帰を思った詩人。干物おみやげやのおばさんは地元の詩人を知らなかった。2~3年前海岸のトンネルの崩落事故があったため、新しい長いトンネルが連続する。海はあまり見えなくなっている。それでもギョッとするような奇岩がいくつもいくつも突っ立っている。その厳しさが硬質な彼の詩と符合する。ディスタンス。廃校の高校から温泉が出た。校舎はそのまま。学校へ行くように温泉に浸かり暖まった。飾ってあった昔の写真は、ニシン漁、タラ漁でとんでもなく栄えていた頃のお祭り風景。白装束が珍しいでしょう?と指摘される。フムフムなるほど。

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