バール宅で
朝、Robert Kramerさんの話になる。急逝した映画監督だ。バールが多くの音楽を担当している。思い起こせば、横濱ジャズプロムナードで、クレーマーを招聘しバールの演奏と一緒にライブ映像とのコラボレーションをする計画があった。事情が変わりダメになった。もしこれが実現していたら、とても重要なイヴェントが日本から発信できたろう。とまれ、クレーマー作品のDVD二枚組+CDが発売された。”ROUTE ONE” というこの作品は1989年の山形ドキュメンタリー映画祭で最優秀賞を取った作品。その後、彼はこの映画祭で審査員をした。バールはこの映画のために、ミッシェル・ペトルチアーニを含んだメンバーを集めた。このCDはペトルチアーニが唯一自由な演奏をしていることで貴重ではないか、というバールの弁。
Kramerの娘(キジャさん)の実験映画を、10日後同じステージで共にするとは、この時は夢にも思わなかった。(後述すると思います。)
アクト・コーベのプレジデントだったマガリーさんが来訪。バールがマルセイユで演奏があるのでみんなで行く。まず、知り合いの若者の個展に行くという。なんとそれは、故アラン・ディオさんの息子さんの個展だった。アラン・ディオさんとは、阪神淡路大震災のチャリティで会った。まだアクト・コーベになる前の話。ディオさんはインプロ画家だ。特徴的なのは、「即興にはその瞬間のみが大事」という姿勢だ。私とバール、沢井さん達の演奏に合わせて絵を描くのだが、音楽が終わる頃には絵はグレー一色になっている。あらゆる色を合わせるとグレーになる。そしてその絵は捨てていく。他のライブ・ペインティングと様子が違う。終わると作品として残る、あるいは残す傾向の方が多いと感じる。
ディオさん、マガリーさん、マルセイユにはアクト・コーベの関係者が多い。「なぜだか神戸側が関係の持続を望まなくなった」ということらしく、アクト・コーベ・マルセイユは停止。事情はよくわからないが、こういう活動に対する考え方の違いがあったのだろう。今はインドネシア津波の援助を始めている。組織の持続と運営に関してはフランスは非常に進んでいる。
さてコンサート、第1部はLionel Garcinという若者のサックスソロ。一人でスッと立っている姿がすがすがしい。EMOUVANCEというクロード・チャミチャンのレーベルから今日初ソロCD「l’instar intime」がリリースされる。その記念ライブだった。後で話を聞くと、私とミッシェル・ドネダ、アラン・ジュール、バール・フィリップス、ミッシェル・マチュー(俳優)との1995年のアヴィニヨンでの演奏(アラン・ジュールの個展会場で行われた)が彼にとってとても大事な瞬間だったという。その後アクト・コーベにも参加し神戸にも来たという。有機的にいろいろ繋がっていくことがとても嬉しい。
第2部はバール・フィリップスとクロード・チャミチャンとのデュオ。クロードはアルメニア系のフランス人でテクニシャンとして名をはせている。音楽生活にも潤沢な資金を調達できているという珍しい?人だ。彼の楽器はジョン・オーレのかなり大型で黒っぽいモノ。しかも、私とバールのメイン楽器であるガンベルを売ってオーレを買った!という。しかもですよ、そのガンベルは車の修理に行った修理工場のガレージの奥にあったものを超低価格でゆずってもらったそうです!何かガレージで視線を感じたらガンベルのライオンだったという話。さすがフランスでもこんな話は滅多にないでしょうが、起こりえるところがヨーロッパなんですね。日本で言えばさしずめ、うらぶれた納屋に箏や三味線の名品があった、という感じでしょうか。
そしてクロードは、ジャーマン弓を新たに始めている。もちろんフレンチ弓でずっとやってきたのだが、主にバールの影響でジャーマンに憧れ、始めたそうだ。ジャーマン主流の日本やドイツで「やっぱりフレンチだよね」と言ってフレンチに転向したり、始めたりすることが(私を含め)身の回りにあるので、なにか笑ってしまった。無い物ねだり?なのだろうか・・・・クロードの独自テクニックの極めつきはダブルボウだ。チェロのフランソワ・マリー・ウイッティさん(ケージ、シェルシやインプロで知られる女性チェリスト、武満さんが日本に招聘したことがあった。)と同じ方法(弦を上下の弓で弾く。最大四つの音をいっぺんに弾く)をベースにあてはめたのだ。大きな手とフレンチボウに馴れた人でしかできないだろう。何日か後、私は駒の上下を二本の弓で弾くことをしていた。普通の音でなくハーモニックスを弾くのだ。これはジャーマン持ちに馴れた手でしかできないと思われる。刺激が多いな~。
会場でフェビアンヌさん(アラン・ジュールの元マネージャー)と10年ぶりに再会。レイモンド・ボニさんなどアクト・コーベ関係のミュージシャンも多い。一人ひどく酔った50代の男性客がいて、盛んに私に話しかけてくる。ちょっと危ない感じだが、相手をした。「もっと客が盛り上がらなきゃ、みんなおとなしすぎるよ。オレはロック上がりだから・・・今日はこんなレコード(エリック・サティー、ロック、フランス人作曲家のクラシック)を買ったんだ。見てくれよ。」ろれつも回らず、ちょっと不満そうだったが、最後まで聴いて帰っていった。3週間後マルセイユでの私とバールとのデュオ会場にしらふの彼がいた。違う人のように見えた。どうしても二人のCDが欲しいと言っている。最後に一枚だけ売れ残っていた「Orbit 2」(バールと私が入っているトラックがある)を見つけて小躍りしていた。先に気がついたのは私。彼は私に言われるまで3週間前会ったことは思い出せなかった。まてよ、思い出したふりをしていただけかもしれない。自分の街でのライブ情報をつぶさにチェックし、興味があれば駆けつけ、よければCDも買う、たまに正体無いほど酔っぱらう。彼の生活には音楽が本当に必要なのだろう。そんな大人達がいることが嬉しい。
持続・繋がりということを強く感じた日だった。