螺鈿隊と「いずるば」

Audio Basic誌付録録音の時の写真が録音技師小川洋さんのホームページの録音&旅日記7/17にでていました。小川さんとはずいぶん長いつきあいになります。ご自身が大学オケのコントラバスを弾いていたこともあり、コントラバスの録音には最適の人材です。シンプルで何も付け足さないそのままの音を録る、すなわちダメな音を出していたらダメなままに録る人です。この付録シリーズものバリ島現地録音のガムラン、パイプオルガンなど魅力的な録音があります。

21日代々木上原ムジカーザで螺鈿隊のコンサート、委嘱してくれた曲の初演。自分が弾かないで聴衆の中にいるのは何か居心地が悪い。曲は彼ららしい音楽に仕立て上げられていた。わりと評判もよかった。それにしても頭に浮かんだ音楽を譜面にするのは大変難しい。もし私が弾く側にいたらその場で変えていくだろうが、そうはいかない状況だ。メンバーとのコミュニケーションがどれだけ取れたかが問われる。

まず、私に委嘱する場合、何が求められているか?を考える。箏アンサンブルではストーンアウト、フォアザイ、タンゴエクリプスなど演奏時間が長く、リズムを重視し、「盛り上がる」ものを書いてきたので、まずそれかと。でも今はその気分は薄い。ままよと、今の気分に応じてあっという間に書いてしまった。

アンゲロプロスの初期の映画のなかで牢獄に立てこもった人が外の政府要人に対し要求をするシーンがあり、「音楽を」要求した。タンゴっぽい歌謡をレコードでかける。ボヤッとそんなところから作曲しだした。

隣に誰がいるのかもわからない。横の通信はない。一人が歌を歌う。それがかすかに聞こえたもう一人が唱和しようとする。それが四人になる。そんなイメージ。歌を歌いたいんだと言う気持ちと、歌はなかなか伝わらないという現実、それでも歌う。伝わり出すと、欲が出てきて自分の歌を上手に聴かせようとする。相手は邪魔をする。コミュニケーションは破綻し、新しい方法が求められる。

その最後の部分が今回は問題になった。即興を記譜する、という課題がある。二年前にバール・フィリップスに与えられた課題だ。それをこの部分で使おうと思った。相対的な音程に対し、音の長さはキッチリ書く方法でやってみた。しかしこの部分がうまく伝わらなかった。彼らもかなり苦労したと言う。大変だったろう。悩んだ末に、今回は省略という結論を彼らは出した。私も同意。大きく言えば、即興と記譜の軋轢が原因の一つになっているのだろう。問題点を残すこと、(問題がはっきりすること)はとても良いことだ。次回!

打ち上げでは、螺鈿隊のメンバー、作曲家 一ノ瀬響さん、沢井一恵さん、尺八アンサンブル「般若帝国」さん達などと楽しく過ごした。こんなに長く打ち上げにいたのは久しぶり。若い人たちのエネルギーをもらうという世代になってしまったのか。

22日、田園調布「いずるば」、10/9にやる「ACTION」のワークショップ。岩下徹さんが即興ダンスを指導、私が音で参加。健常者と身障者が分け隔て無く参加している。今日も学ぶことばかりだ。身体から出ているいろいろな音がすごくいい人が二人いる。自然なのだ。そして昨日問題になった「即興か作曲か」などは全く関係ない場だ。どんなノイズを出しても、どんな良いメロディーを歌おうが、良いか悪いかで判断される。こういう体験は必要だ。どうしても自分の興味の近所でしかものを見られなくなっている時、視点を変えられること特に視点を低くできることは本当に役に立つ。音が何かの役に立つことは本当にうれしい。

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