とてもニッポンなライブが続きました。5/3 湖北町での三絃・高田和子さんとのライブと 5/7 龍野市での小鼓・久田俊一郎さんとのライブ。高田さんの30年以上のお知り合いの画家・森岡純さんのアトリエライブ。三絃のソロから始まり、「ありがとう命」「天使のリン」とビオレータ・パラの曲を弾き語り。これでグサッと来てしまった。行きの車の中でもメルセデス・ソーサを聴きながら来たのだが、同じ曲であり、同じ曲でない。私が目標とする「うた」がそこにあった。こういう歌を作りたい。高田さんのコンサートの時聴いた、「おやすみなさい」(石垣りん・詩)もすばらしかった。高田さん・高橋さんの長年の信頼・共演関係がこういう作品を生むのか。
この後、私がソロでピアソラを弾く予定だったが、その気分にはなれず、急遽「アルフォンシーナと海」を差し挟んだ。しかし気分は持って行かれていて、ピアソラもピアソラらしからぬものになってしまった。ピアソラをやると「受ける」ことが多いので、知らず知らずのうちにピアソラを弾くときに、よからぬ感情が支配してしまっていたのだろう。反省。その後、デュオの曲が続き、最後は「オンバクヒタム」琉球弧編。思いっきりはじける高田さん。沢井一恵さんとか、高田さんとか、邦楽系の優れた演奏家と一緒に演奏していると、共演者ではあるのだが、その人の演奏の立会人のような感じにとらわれることがある。それも幸せ。
5/7 龍野市 本行寺での久田さんとのデュオ。前日、姫路からお迎え車で龍野へ向かうと緑豊かな古い街が待っていてくれた。気がつくと寅さんのロケ地。龍野芸者のぼたん姉さん(太池喜和子さん)が今にも出てきそうなかんじ。映画の中で寅さんが何回も「龍野はいい街だ」というのが実感できる。「日本芸能を楽しむ会」が主催。160人の会員。私がいていいのだろうか、という感じもする。お寺で正座した100人の前にたつのはそれ相当の勇気がいる。
出し物は、前回のブログで書いた「満月に誘われて」の久田バージョン。三井寺、羽衣、砧などの抜粋を使う。能の風景は、月・風・音・影・海など、この「脚本もどき」にピッタリなのだ。乾千恵さんの書もしっかり持ってきた。ちょうど、ベースの背に書を入れた段ボールがはいるのだ。千恵さんと旅をしている。寅さん好きの千恵ちゃんもよろこんでいるだろう。1時間半休みなしに緊張感を伴った演奏。それが無理なく成り立つ。終わった後、ユーモアが通じる雰囲気さえある。アンコールに地元の名士、三木露風の詩を謡にして演奏。童謡・童話はドキリとするくらい怖いことがスッと入っていることが多い。久田さんの選んだ「山彦」という詩も聴きようによっては怖い。
会員の方には、能の謡、小鼓を嗜む人も多い。きっちりと格調ある形式の中での、規格を超えた展開、もの狂い、生と死、常軌を逸したドラマ。それらを中高年の人たちが大いに楽しんでいるのだ。「そういうことあるよね。あるある。」とか「きみがほしいのさ。」と叫んでいる若者の歌よりよほど過激。
実際、私の演奏を享受しているのだからカタブツではないだろう。その昔はもっともっと盛んだったという。また、各家にはお琴、三味線があった。(そして、地方のお年寄りでコントラバスを嗜む人はいない。)会の代表の方が、昨年末に西宮でやった私たちの演奏を観て、会員の方々に是非体験してほしいということで成り立った会だった。
ゴールデンウイーク最終日の新幹線はどれも大混雑。だいぶ前に予約した列車の発車1時間半まえに駅に到着。余韻に浸りながらも、アラスカの譜面に目を通す。二曲の内、一曲と半分しか届いていない。うまく歌えないように、ビートに乗らないように作ってある現代音楽。きっといろいろな発見があると思い、作曲者の意図に思いをはせる。自分の範囲だけにとどまっていてはイケナイ。
明後日はアラスカかと思うと、「ボクハ、セカイノハテニイタ、ヒハオンダンニフリソソギ、カゼハハナバナユスッテイタ。」と謡った久田さんの声は良かったな。また今日の演奏に引っ張られてしまった。