「いずるば」のゲスト紹介

東野祥子(ダンス)9日 「いずるば」

ダンサーとの共演が多いと、いろいろと気づきます。音を背景にして踊る人に対し、音を全身で受け止め、演奏家と共に「そこにいる」タイプも稀にいます。その代表が東野祥子さんでしょう。

最初にお会いしたのは大阪ブラックボックスで岩下徹さんとのトリオでした。替わり目にソロを挟んだ3つのデュオ、そしてトリオという編成。音楽も踊りも同格。こういう考え方は好きですね。岩下さんと東野さんのデュオは音がありません。しかしそんなこと全く関係なし。

ユニークという言葉は、彼女のダンスのためにあります。世界中で彼女に似たダンスをする人は決していない。それはつぶさに調べた結果ではなく、一度観れば誰もがそう感じるのです。それこそ本物でしょう。

フレデリック・ブロンディの初来日の時に、小林裕児さんも参加してカルテットをやりました。これがまた楽しかった。絵も得意な彼女は、裕児さんが筆を渡すと大胆に描きました。舞台上での激しく・明るく・ユニークなはじけ具合に対照して楽屋では一人集中しています。学級委員長が舞台に出ると一番のやんちゃになる、という感じでしょうか。

ありえない動きをするので、怪我も絶えないようです。急に電話がかかってきて「かかとをやっちゃった。パパ、どこか良い治療の先生しらない?」パパと言われると、怪しいのですね。ダンス生命に関するような時でもそうして遊ぶのはさすがです。

あれから大分会っていません。どういうことになっているのか楽しみです。

東野画伯
東野画伯
ありえない形
ありえない形
ありえない形2
ありえない形2

矢萩竜太郎(ダンス)9日 「いずるば」

「りょうたろう」と読みます。私の弟分です。会うと「アニキ!」と呼んでくれますが、それに答える日本語が思い当たらずいつも「オー」とか言ってごまかしています。最初に共演した時、楽屋代わりの部屋で突っ伏して泣いていました。「どうしたの?」と聞くと「うれしくって!」と。長年演奏活動をしているとこういう感覚を失いがちです。どんな演奏もOne of themではなく、one and onlyの気持ちで臨まねばなりません。

その後、障害者仲間との共演、演劇仕立てなどいろいろ共演させてもらっています。その度に、イノセントな感覚を思い出させてくれます。私にとって、実はアニキかもしれませんね。

忘れられないのは、昨年私がレジデンスで滞在していたブッパタールのORTでのこと。ジャンさんともなかよしだったので、竜太郎クンが訪ねてきました。ジャンさんの呼びかけでORTで公演をしました。ジャンさんももちろん共演、音は、クリストフ・イルマー(ヴァイオリン)、ウテ・フォルカー(アコーディオン)、菊池奈緒子(箏),そして私。美術インスタレーションで森妙子さん。

完全即興でやりました。ここでも私を感動させたことと同じ事が起こりました。ピナ・バウシュのお膝元+ペーター・コバルトの即興伝統で長期間もまれた百戦錬磨のORTの観客が大きな大きな拍手を送りました。中には涙している人もいました。イノセントな衝動は、「人はなぜ踊るのか?」「人はなぜ音楽をするのか?」の強烈な問いかけとなって錆び付いた怠慢に切り込むのです。

震災2週間後、「いずるば」で行われた即興セッションでも、岩下徹・喜多直毅・私を引っ張る即興スピリット全開でした。

演劇公演・乾千恵の書と
演劇公演・乾千恵の書と
喜多直毅さんとのあまりにすばやい動き
喜多直毅さんとのあまりにすばやい動き
ブッパタール ORTにて
ブッパタール ORTにて

柿崎麻莉子(ダンス)9日 「いずるば」

一番新しい知り合いでしょう。共演したこともありません。昨年のセッションハウスでのジャンさんワークショップのプレゼンテーションで初めて観ました。その後、パール・アレキサンダーとのデュオでも拝見。ともかく舞台にいると聴衆の集中力を独り占めしてしまうオーラがあります。動きも自然で、インスピレーションにもあふれています。

しかし、しかしです。彼女自身、自分が何をやっているか・どんなにすばらしいか、全く認知していないようなのです。謙遜やイヤミでは無く、本当に知らないようです。

ジャンもとても気に入って、ダンスを是非続けるようにアドバイスしていました。大学卒業の時期だったのでしょう。その気になればヨーロッパでの受け入れ、ピナグループへの推薦まで視野に入れていました。そして、ジャンも私と全く同意見。

先輩たちが若い才能のために動くのは当たり前です。彼女のためというよりは、彼女を突き動かしている何者かは一体何なのか?それは経験の長い短いは関係なく、私にもジャンにも大事な問いなのです。

若いです
若いです
やはりありえない形
やはりありえない形