「うたをさがしてトリオ」オリジナル曲のコトバ その2
テオ・アンゲロプロス、トニーノ・グエッラさんともう一人、私にうたのことばを提供してくださっているのが乾千恵さんです。お付き合いの歴史を書き出したら本一冊になりそうですが、簡単に言うと:
初めてお目にかかったのが、大阪の枚方にある「さだ公民館」でピアソラを演奏した時でした。最前列がほとんど車椅子でしたが、その中でも身体を激しく揺すって(落ちるのではないかと本当に心配しました。)演奏に参加してくれていたのが千恵さんでした。
その後、ピアソラを話の種にお付き合いが始まりました。その様子は乾千恵の画文集「七つのピアソラ」(岩波書店)に詳しく書かれています。ピアソラの次に私の名前が多く出てくるという「普通」でない本です。その出版お祝いにピナ・バウシュ舞踊団のソロダンサー、ジャン・サスポータスさんとパリのバンドネオン奏者オリヴィエ・マヌーリさんとで「千恵の輪トリオ」を作りツアーしました。千恵さんもほとんどの会場に顔を見せてくださいました。
高場将美さんとタンゴ3兄弟と名づけて楽しんだり(千恵さんは「七つのピアソラ」をもってブエノスアイレスへ行き、ピアソラの墓参り、アメリータ・バルタールさんと会ったりもしていました。)、バール・フィリップスさんを「長兄」と慕い、バールさんの住居であるトゥーロン近くのサンフィロメン教会で一緒に誕生祝いをしたり、ジャンさんの街ブッパタールで会って、一緒にピナ・バウシュの観劇をしたり、ヴィムベンダースのパーティに出たり、かと思うと湯布院で会ったり、楽しいお付き合いが続きました。
ピアソラと歌というとどうしても思い出すのがオペリータ「ブエノスアイレスのマリア」です。書家・作家・画家・エッセイスト・旅人でもある千恵さんのコトバでオペリータを作ろうか、と将来の夢のように話し合っていました。「夕暮れの数え歌」や「星がまたたく」などは初期の作品です。
イスラエルから出たDVD/CD/booklet「Strings & the moon」ではジャケットや盤面に書をお借りしたり、バール・フィリップスさんとのデュオヨーロッパツアーでも書を展示しながらLIVEを回ったりしました。
そして福島の大地震・原発爆発。千恵さんから脚本のような文章が送られてきました。千恵さんが長期間、体調の優れない時期が続いていると伺っていたのでその心情を思うと、私もすぐに作曲に取りかかり、オペリータ「うたをさがして」が出来上がりました。(ジャン・サスポータス、オリヴィエ・マヌーリ、喜多直毅、松本泰子、さとうじゅんこ、齋藤徹でツアーをして、DVDやCDが出来ました。)
白川静さん、司修さん、鶴見俊輔さん、井上ひさしさん、岡部伊都子さん、谷川俊太郎さん、黒田征太郎さんなど(の大物が)千恵さんの大ファンで、競って書を求めています。しかしそういうことには無関心な千恵さんです。
「星がまたたく」は岡部伊都子さんの他界に際し作られ、「ひかりしづけき」はご友人の死に際し作られたように、千恵さんの多くの詩はお知り合いの生死を機会に作られたものが多いようです。(作ったとはおっしゃらず、コトバが降りてきた、というような言い方をなさいます。)ご自身も「死」と隣り合わせの厳しい生活です。そんな千恵さんのコトバは純度が高く、しかも、優しいのです。
最後にもう一人、今年亡くなってしまった私の幼稚園の同級生 渡辺洋さんの最後の詩集「最後の恋」(書肆山田)から最後に収録された詩「ふりかえるまなざし」にも曲を付けました。あんなインテリの洋さんが最後の詩は全部ひらがなでした。
アンゲロプロス、グエッラさんも、千恵さんも洋さんも、人の生死と渡り合うコトバを提供してくださいました。
そんなコトバを歌にしてさとうじゅんこさんが歌い、喜多直毅さんと私が演奏するのです。徒や疎かに出来やしません。心して立ち向かいます。
うたをさがしてトリオのレパートリーの中から乾千恵さんのコトバはこれです。
舟歌
おいで ともにゆこう 水の声が うずまく
波が しぶきを上げうねる
はるかな沖へと 舟を 押し出す
悲しみと わが身ひとつ
積み込んで いざ ゆこう
大波 風 嵐 あまた越え
闇と望み抱え 漕ぎ出そう
ゆこう 遠く 遠く 遠く 遠く 遠く 遠く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夕暮れの数え歌
ひとつ ひんやり 風に
ふたつ 吹かれ吹かれて
みっつ 三日月の 昇る
よっつ 夜空 仰げば
いつつ いつしか 胸に
むっつ 昔見た 君の
ななつ なつかしい 笑顔
やっつ やさしく浮かぶ
ここのつ こころ 照らされ
遠い道 また歩きだそう
ひとつ ひんやり 風に
ふたつ 吹かれ吹かれて
みっつ 見上げた空に
よっつ 宵の明星
いつつ 一日も終わり
むっつ 紫の夕暮れ
ななつ 眺めるうちに
やっつ 闇へと溶ける
ここのつ こころは いつか
とうに 夢の中
・・・・・・・・・・・・・・・
よみがえりの花が咲く
よみがえりの花が 咲く。
よみがえりの花が 咲く
かなたからとどく香りに
さそわれて 踊りだす
よみがえりの花が 咲く。
よみがえりの花が 咲く
露にぬれた 花びらの色、
心は 歌いだす。
よみがえりの花が 散る
よみがえりの花が 散る
黒い実を結び、 風に散る。
私の心は 闇の中。
残された 黒い実は、
残された 黒い実は、
かじると固くて 石のよう。
苦くて苦くて 涙がにじむ
苦い実は 種になり、
苦い実は 種になり、
土から出てきた芽は
ゆっくりと 伸びてゆく
おまえとともに生きよう
おまえとともに生きよう
つぼみをつけるまで、
日ざしの中、花ひらくまで。
悲しみは 尽きないけれど、
虚しさも 絶えないけれど、
やさしいひかりは さしてくる
このいのち あるかぎり。
よみがえりの花が咲く。
よみがえりの花が咲く。
あなたの中に 私の中に
よみがえりの花が 咲く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ひかり しづけき
降りそそぐ ひかりの中、
流れてくる歌声は、
アヴェ・マリア。
歌っているのは あなただろうか
森のざわめき、雨音やせせらぎ
たきぎのはぜる音に重なる
あなたの声が
ほら、いま 響いてくるよ、
そっとそっと くっきりと。
風そよぎ まばゆい空。
落ちてくる、はらはらと
花びらが。
降らせているのは あなただろうか
この世を去ったひとの安らぎ
ともに願い、 空へと撒いた
白い花びらが、
ほら、いま 宙を舞うよ
雪のように、あざやかに
ゆるやかに
祈りは満ち、
花は流れる。
あなたをどこかに隠しながら。
ゆるやかに
祈りは満ち、
花は流れる。
あなたに いつの日か 会えるだろうか。
この しづけき ひかりの中で
この しづけき ひかりの中で
・・・・・・・・・・・・・・
旅人の唄1
巡礼の鈴さながらに
響き続ける この音は
心のかけらが たてる音
いとしいものを すべてなくし
痛みもわからぬほどの深手、
嘆くすべもない悲しみに
押しつぶされた この心、
歩くたびに 心のかけらが
りんりんと 音をたてる
りんりんと 音をたてる
私の 道しるべ (旅人の歌 2)
うつろになった この胸は
何かを求めて 空(くう)をさまよう。
足が ひとりでについていく
ただ それだけのこと
行き先などは わからない
目に映るものも むなしく過ぎて、
来る日も来る日も さまよううちに
かすかに 見えた ひかり。
歩きに歩いた 一日の終わり、
明るく染まる 西の空から
ひとくさりの調べが
ひびいてくる、ひびいてくる
吹きわたる 風の中から、
たそがれに たなびく 雲から、
胸にしみ込む 夕日とともに
ひびいてくる、ひびいてくる
その調べが 私の 道しるべ
光や風に包まれ、ほのかに届く
私の 道しるべ
・・・・・・・・・・・・・・
夕影させば
浜辺
松林
波がしら
髪をゆらす風。
潮の香り
踏みしめる砂、
あなたの肩
はしゃぎまわる声。
思い出と
ぬくもりは、
ありありと
この胸に。
帰り道
のびる影。
つないだ手、
一番星。
こんなにも早く
こんなにも遠く
へだてられ、離されて。
思い出だけは 今なお、
互いを 引き寄せる。
一緒に見た夕日
一緒に見た夕日
一緒に見た夕日
沈んでも、
また あなたと見られる
あなたと 見ている。
浜辺
松林
波がしら・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
石のように
ここは 私の家の跡
もう戻れない 安らぎの跡。
この石だけが、 私を見守る
時は止まり、 動かない。
石のように 根が生えたように
じっと じっと じっと。
ここに 私は座っている
夜明けの見えない この しじま
とぎれてしまう 子守唄
涙も叫びも 流れ出さず
石となって 積もり、 のしかかる。
重い 重い 重い。
とぎれてしまう 子守唄
重い 重い 重い・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
子守唄
おやすみ、おやすみ、おやすみよ、
空には 星が 光ってる。
おやすみ、おやすみ、おやすみよ、
空には 月も かかってる。
おやすみ、おやすみ、おやすみよ。
母さん、おまえの そばにいる。
おやすみ、おやすみ、おやすみよ。
いつでも おまえの そばにいる。
夢の小舟で ゆらゆらり、
眠りの海に 漕ぎ出して、
ゆっくり ゆっくり、 遊んでおいで。
星がまたたく
星がまたたく 闇の中 ほほえむように
星がまたたく こぼれ落ちそうな 涙のように
星がまたたく 宇宙のつぶやく 声のように
星がまたたく 見上げる人の祈りを 吸いこむように
天の川の 銀色の ひとしずく
私は見つめる その静かなともしびを
胸に うつそうと