矢萩竜太郎10番勝負!第4回目終了

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第4回目矢萩竜太郎十番勝負!

流れ

音楽は「呼ぶ」仕草、踊りは「探す」仕草ということから始めました。上に向かって「おーい」「おーい」と呼ぶ(聴衆も誘って)ことに引き続き、上村なおかさんと竜太郎さんが「誰?」
「何?」「何処?」「何時?」「どうして?」と探しながら踊り始めました。

コントラバスの一番低い音を3人の奏者がずっと出していきます。長い時間その音に浸っていると「うた」が発生します。本日は、さとうじゅんこ・辻康介・田辺和弘(芸大受験の時は、声楽かコントラバスか迷ったとのこと)と3名の声楽家が参加しているので、「うた」も大きなテーマになりました。

コントラバス三台で竜太郎さんを囲みワルツを演奏しているとアコーディオンの熊坂路得子さんが入ってきます。アコーディオンにはワルツが似合います。全身で演奏する熊坂さんに会場全体が引き込まれます。

竜太郎さんが少し休むところで上村なおかさん・瀬尾高志さん・辻康介さんのトリオが大変面白い方向に展開し出しました。じゅんこさん・和弘さんに声で入ってもらいます。和弘さんにはただ「入って」と目配せをしたのですが、楽器で無く、声を選びました。良い感じになっています。
竜太郎さんに再び登場願って、なおかさんとダイレクトに絡むよう指示をしました。村上さんの用意したオレンジの綱がさまざまな関係性を示唆しながら各人を繋いで行きます。

アコーディオンの音に近いシュルティ・ボックスを四台もってきたので、リードの音の静かな合奏になりました。笙の感じです。私は客席の後ろにいた書の平野壮弦さんのところへシュルティボックスを演奏しながら行き、舞台へ誘いました。何を書かれても大丈夫な格好をしているのでみんなが腹ばいに寝そべります。その上に、そして壁の紙に壮弦さんが書を書いていきます。黒い帽子を被った壮弦さんは両班のようでした。書はやはりとてもアジアですね。

またすこし休憩した竜太郎さんに音楽で誘って最後のダンス。辻さんが絡んできます。辻さんの人柄と音楽が今回はとてもすばらしく作用していました。古楽やヨーロッパに親しい彼は、現代日本の状況をあまり快く思っていません。人生・人間にとって何が重要なのか?という問いにすぐに戻っていくことが出来る彼の歌はこれからますます大切な存在になるでしょう。

これで収束かな、と思ったところで、壮弦さんが巨大な筆をもって走って登場。エアー書とでも言うのでしょうか、実際に書かないのですが、筆で竜太郎さんに書いていきます。ほとんどダンスです。

こうなると歌が欲しいな〜、ということで「舟唄」のイントロを弾くと、じゅんこさんがう立てくれました。康介さん、路得子さんにソロを取ってもらい「遠く、遠く、遠く、遠く・・・」と歌い終わりました。どこまでも遠くへ行きたいよ〜。

気合いの入った一本締めも出来ました。
演奏後、何人もが自分の衣装に書の付け足しを壮弦さんにお願いしていました。
みなさまお疲れさまでした。
まとめ

「即興」には多くの落とし穴があります。慣れない人が陥りがちなのが「自由」=何をやっても良いという誤解かもしれません。何をやっても良いのが自由と思った段階で、すでにその人個人的な不自由や抑圧が想定されていることが多いのです。そこから自由になりたい!しかし、それは「個人の事情」です。他者・より大きな心・動物・植物・無生物と共有出来るものではありません。

どんなに遊んでも遊びきれるものではありません。どんなにふざけてもふざけきれるものではありません。では、何を基準にすれば良いのでしょうか?大げさに聞こえるかも知れませんがそれは「死」です。死が支えているか?どうかです。死が支えていないものは単なるふざけです。時間の無駄です。いや、それどころか生に対する冒涜でもあります。

今、死につつある人の前でそれができますか?を問いさえすれば良いのです。自分の「生」を賭けたものかどうか、で決まります。竜太郎さんの明るさ・「肯定感」は、そうでなければ生きられなかった、生きられない自分の生・命との戦いと葛藤で得られた尊いものです。好き勝手なことをすれば自由というものとは違うのです。

そんな根本的な問いをまたもや竜太郎さんにいただいた第4回目でした。

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