月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。
お馴染み奥の細道序文。
大きな楽器を持って外国を旅することはそれだけで大変です。不測の事態が起こったときの対応の選択肢が極端に限られてきます。コントラバスハードケースを携えて空港で超過重量・超過サイズの戦いをしていると、トイレに行くことさえ細心の注意が要ります。チューリッヒで急に吹雪になり翌日のパリへの高速道路が閉鎖。夜明け前にずいぶん遠回りをして車を捨て置いて列車に楽器とスーツケースを持ち込み、パリのメゾンドジャポンへギリギリに到着、そのまま演奏、ラジオフランスで録音という事もありました。
そんなこんなの幾多の経験があり、多くの人に助けられて来ましたので、チェロのユーグ・バンサンさんにキャンディでの演奏を誘われた時、できるだけのことをしようと思いました。持ちつ持たれつです。マレビトを大事にする日本人のDNAは私の中にもしっかりと在ります。現在の住み家が空港まで35〜40分なので成田まで車で迎えに行きます。それだけでも12時間のフライトの後は助かるのです。時差ボケを避けるためになるべく明るい内は寝ないようにする助けとして、近所の温泉に行きました。(これはジャンにもバールにも大好評でした。)野天でだんだんと月が見えてきて思う存分手足を伸ばします。これは私にも役に立ちました。6月から休み無しでやって来て久々にホッとできるのです。
彼とは、実は1回だけキャンディで演奏を聴いただけの間柄なのですが、献身的にこの仕事に打ち込んでいることが見て取れました。ほとんど初対面でも20年来の友人でも同じです。空港からの車内から、普通の細やかな話になります。アンテルミッタン(失業補償制度)、スカーフ事件の末路(レジス・ドゥブレですね)、アルトー、福島原発、オリンピック、海童道、ビルスマ、60〜70年代の日本のサブカルチャーの話になります。
夕食を食べ(特別なご馳走でなくごく普通の食事)焼酎を飲み、昔のフランス映画を一緒に観ながら、時差ボケ防止に協力します。そんな時間がインプロにとっては最高のリハーサルになっているのです。
キャンディでは、熱心な聴衆の力も借りて弦楽合奏の様々な実験をしました。帰ってきて高揚した気分の中、奄美黒糖焼酎を昨晩の2倍くらい呑み、気がついたら私一人風呂に入っていました。