人は親を選べないように、生まれてくる時代・国を選ぶことはできません。選べないどころか、自分の身体は両親や更に遡ったDNAに十分に支配され、生きている時代・国の法律や風習に支配されてしまいます。あんな親の元に生まれたかっただの、こんな時代に生きたかったのだのは不可能です。
しかし「だってにんげんだもの」とか「だってしかたないじゃない」とは簡単に言いたくありません。
そんなニンゲンたちが画を描いたり、音楽をやったり、踊ったり、詩を書いたり、映画を撮ったりするのでしょうか。
かといって、思いのままに画を描き、音楽を演奏したり、踊ったり、詩を書いたりできるのもでは有りません。数多くの罠が張り巡らされています。
まず、自分のやることにとっての「見本」「かみさま」を作ってはイケマセン。それは「権力」にしかなりません。自分の技を型にはめ、まだまだだと思い込まされ、手なずける装置にしかなりません。また、自分に耽溺してはイケマセン。出来が良くても悪くても耽溺するのは楽だし、居心地が良いのです。ああ危ない危ない。
そんなことを感じた「還ってくるアルトー」4公演でした。聾に生まれた人達、ダウン症の人との共演でした。彼らは選んで生まれてきたのではありません。庄﨑さん・貴田さん・竜太郎さんとの「即興」は本当に刺激的でした。30年もこういう世界に居ますが、立て続けに複数公演がある時の「即興」は良かったときのコピーに陥るキケン、そのコピーを避けようという縛り、に悩まされることがほとんどですが、この3名はそういうことがありません。これは特大筆すべき事です。
貴田さんは、8月末のジャンとのセッションが生涯初の即興でした。3歳から厳しいクラシックバレーをやっているそうです。彼女の身体・立ち居振る舞いがそれを十分に表しています。そんな彼女が真のインプロバイザーなのです。ジャンルや経験ではありません。
表現に対する覚悟が違うのでしょう。竜太郎さんはアルトーのことなど知りませんし生涯知ることは無いでしょう。「器官なき身体」を表していようがいまいが、圧倒的な「今・ここ・私」の無垢を表していてあの場の人達すべてに伝わっていました。ことのほか聾者の間で評判が良かったのは何か理由があるのでしょう。
私は謂わば「祭り」の後に生まれてきた世代です。ちょっと上の団塊の世代が祭りの大騒ぎをしていて世の中の盛り上がりと共にサブカルチャーの世界に何人ものカリスマを生み出しました。土方巽・寺山修司・高柳昌行・富樫雅彦などなど。私は自ら選んだわけでないのにそれらの人々、そして残された人達と多くの仕事をしました。残された人達は必ず彼らの話しをし、どんなに凄かったかを話しました。初めのうちはそれを聞くのは面白く、規格を越えた大きさに驚きもしました。しかし会う度にそういう話を聞くのは、だんだんと辛くなってきました。「じゃ、お前は誰なんだ?」
私の下の世代は「新人類」と呼ばれていました。彼らには私の上の世代に繋がるルートを持ちません。反体制を叫んでいた団塊の世代は体制の真ん中にいます。
そんな世代論を簡単に吹っ飛ばす即興を聾者とダウン症の彼らに見せつけられました。長年見続けていた安元亮祐さんと一緒に仕事ができたことも嬉しかったです。米内山さんというカリスマが今度どういう風に話され、伝わっていくのか興味があります。
お疲れさまでした。ありがとうございました。