たとえば、バンドネオンとかヴァイオリンとかピアノとか入れるとするでしょ。そうすると「サウンドして」しまうんですよ。良い感じの音になってしまいます。でもそれは罠です。「良い感じの音」というのは、記憶のなかの意識の方向でしかないと思っています。その美意識にとらわれてしまい、知らず知らずにその方向を向いてしまうのです。一音一音つまずいていくような体験からピアソラが、タンゴが、
コントラバホ(コントラバス)の新しい視点が見えてくるのではと期待しているのです。「考えるとは、一語一語つまずくことだ」と吉田一穂さんが言っています。音に当てはめるとそういうことか、と思います。
タンゴはヨーロッパのクラシック音楽とアフリカのビートが合体してできたという説があります。ピアソラの作品には、アフリカの影響をもろに出した「カンドンベ」というジャンルもあります。後期キンテートの人気曲「エスクアロ(鮫)」も実はカンドンベです。
ピアソラがやり残したタンゴの意外な盲点かもしれません。
そして、最後期のセステートではプグリエーセのジュンバ(究極のタンゴ2ビートと言われます)を多用していました。私が長年「ピアソラはタンゴの前衛でも異端でもなくタンゴの主流だ」と言い続けている理由です。
ピアソラはコントラバホを深く理解し、大事に考えていました。
「キチョ」「コントラバヘアンド」「コントラバヒシモ」「革命家」はコントラバホに捧げられています。ピアソラのグループに誘われることはサッカーのアルゼンチン代表に選ばれることの様だ、と聞いたことがあります。その中でもコントラバホのキチョ・ディアスは終始ガット弦を使い続けました。キチョさんはコントラバホの全歴史の中でも出色の現象と言えるでしょう。
タンゴは、世界のポピュラー音楽の中でドラムセットを使わない稀なジャンルです。リズムもダイナミックスもコントラバホが担当します。一番小さな音に全員が合わせるのです。ドラムセットというシステムがあまりにも「傑作」だったので、古今東西、ポピュラー音楽のリズムの基本として使われ続けてきました。そのため、音楽の音量が大きくなってしまいました。考えてみれば、戸外で使うためにバチをもって大きな音を出していたそのやり方が基本になっているのです。
屋内のシステムではありません。レ・クアン・ニンさんの(バチを使わない)最近の奏法は、ドラムセットに根本的な疑問を投げかけているように思います。
★齋藤徹(コントラバス)
舞踊・演劇・美術・映像・詩・書・邦楽・雅楽・能楽・西洋クラシック音楽・
現代音楽・タンゴ・ジャズ・ヨーロッパ即興・韓国の文化・アジアのシャーマニズムなど
様々なジャンルと積極的に交流。ヨーロッパ、アジア、南北アメリカで演奏・CD制作。
コントラバスの国際フェスティバルにも数多く参加。
コントラバス音楽のための作曲・演奏・ワークショップを行う。
自主レーベルTravessia主宰。
★田辺和弘(コントラバス)
東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て東京芸術大学を卒業。
コントラバスを渡辺彰考、永島義男、ツォルト・ティバイに師事。クラシックでの活動の他、
様々なジャンルの多くのアーティストのコンサート、録音にも参加。
なかでもタンゴでは国内の多くのアーティストと共演。オスバルド・ベリンジェリ、
ビクトル・ラバジェン、ホセ・コランジェロ、ウーゴ・パガーノなどのアルゼンチンの
タンゴアーティストとも多く共演している。
最近ではクラリネット奏者の好田尚史と共にジャンルを超えた新たな音楽を模索している。
★田嶋真佐雄(コントラバス)
14歳よりエレキベースを始め、ロックやフュージョンに傾倒。
その後、ジャズに興味を持ちウッドベースを始めるが、技術習得のために
東京音楽大学コントラバス科でクラシックを専攻する。 卒業後、現在は、
ジャズ・ポップス系の活動を軸に、即興・タンゴ・現代音楽・クラシックや、
踊り・画家・写真家などとの活動を展開。
ボーカリストLUNAとのデュオユニット「◯」(まる)を主宰。