不安げなジャンさんはすでに映像アーティストのKaiさんのスタジオでスタンバイ。映像が映る範囲でどこからどこまで動くことが出来るかなどを簡単にチェックした後、こちらも向こうもそれぞれのリハーサルを再開。開場時間が迫っている。こちらが用意している6曲+アンコール1曲は、それぞれが複雑な構造があり、しかも個人のインプロも充分に展開しなければならない。
私は、曲もジャンさんもよく知っているが、メンバーは初めてのことばかり。さぞや不安だったろう。私に質問しようとしても私がそういう状態ではないので、きっちり自分およびメンバー間で解決せざるを得ない。個人が問われる。人生で大事なときはいつもそうだ。インプロヴィゼーション能力は生きる上で必須なのだ。困難なときは特に必要だ。任せたぜ。信頼してるよ。
ジャンさんには、「7:30過ぎには始めるから、音で判断して」と言い残して、開場。楽屋代わりの階上事務所で軽く打ち合わせ、軽食。
さあはじめよう。お昼に大きな地震もあり、こんな時にライブに出かけるのは避けたいだろうが、あたたかい聴衆がつめかけてくれている。ありがたいことだ。何か表現活動をしている人達が多いように見えるが、してようが、していなかろうが、関係はない。そして、舞台側にいる私たちもネットで繋がっているドイツのスタッフもジャンさんも何の差もない同時代者。そういう意識を強くもつことができる。
1曲目は銅鑼の合奏で鎮魂をしてからストーンアウトへ。高く高く飛ぶトンビ。打楽器奏法の合奏で送る。
2曲目タンゴ・エクリプスからジャンさんが登場。ピアソラ演奏の千恵の輪トリオの経験やブッパタールカフェ・アダでのタンゴなど私とジャンさんはタンゴの共通項が多い。千恵の輪トリオの「ブエノスアイレス午前零時」の時のようにゆっくりゆっくり歩いてくるジャンさん。こちらはプグリエーセのジュンバ全開。田辺和弘は普段からタンゴを自分の仕事としているしブエノスにも行っている。田嶋真佐雄・瀬尾高志もタンゴを始めている。
タンゴでコントラバスは最重要の楽器のひとつ。打楽器を使わない美学の中でコントラバホは全てのリズムを司り、微妙なニュアンスを演出する。音量の小さなコントラバホに演奏の舵取りを任せた所にタンゴの可能性が拡がり、ヴァラエティを生み出した。二楽章のミロンガ・ハバネラ、三楽章の5拍子のタンゴ、順調に進んだ。
3曲目がまさに「今」だった。ジャンさんはブッパタールのスタジオのスクリーンの後ろに座っている。スクリーンには鮮やかな青空と雲。私たちは「かひやぐら」を演奏。表現しない、あるいは、表現したい自分への質問を実践。途中で私は被災した身体になり、床に寝そべった。生きているのか死んでしまったのか定かではないが、被災し寝そべって青空をただ見ていた。メンバーもそれぞれ感じていたよう。
音がどんどん減っていき、沈黙がだんだん長くなる。ジャンさんが愛犬スロッギーを抱きしめる。去る。そしてスロッギーが去る。たくまざる演出だった。ビム・ベンダースの新作「ピナ」でも絶賛されたスロッギーの名演はここでも冴え渡った。第一部終了。(続く)