ジャッキー・ジョブとのセッション終了。
気力・体力の充実とはこういうことだろう。
普通はダンス公演は1時間くらいのワンステージが多い。
スーパー・デラックスとエアジンは所謂ライブハウスなのでトゥーステージにした。すべて即興。45分・55分、それぞれのステージが短いと思うほど疲れやイマジネーション不足を感じることは一切無かった。
ジャッキー自身、始まる前はナーバスになっていたが、始まるやどんどん踊る。
ステージ終盤にさしかかってだんだんと元気になってくるようだった。
ダンスの舞台としては広いとは言えないエアジンで、暖かい聴衆に囲まれるようにスペースを作った。記憶の深いところでの「発見」、という感じのシーンが多く、自分自身に、聴衆にズッシリとくるパフォーマンスだった。
ジャッキーは、最近は「書くこと」に集中することが多いらしい。書くことと踊ることが将来に一致する日を願っているのだそうだ。2月の「徹の部屋」では、詩を書いてきた。南アにも住んで、英語でも文章を書いたポルトガル人フェルナンド・ペソアの話をするととても興味を持ったようだ。
私は、再び裕児作の一弦ボートを持って行った。変な言い方だが、だんだん「上手く」なってきてしまって困る。技術の使えないシンプルな方向を目指しているのだから、あんまり上手くなっては困るのだ。饒舌になるなんてもってのほか。「横弾き」も大分上手くなってしまったし・・・・・
しかし、このボートの音はとても好きだ。最近離婚をした傷心のスタッフが「この音は今一番グサッと来る」と言っていた。
東京で活動をするノン・ジャパニーズはお互いに繋がりが強いのだろう。私がハワイの国際コントラバスフェスティバルで出会ったディナ・ウェリントンさんが来ていた。ニューヨークを拠点に活動するジャズ歌手。洗足学園で講座を持っている。ご主人がコントラバス奏者ジョージ、そしてお姉さんのフミコさん(バイオリン奏者)が亡くなった父に代わってコントラバスフェスティバルをプロデュースしている。世界のさまざまなところから来た褐色の二人がエアジンで会っているのは、横濱らしいのかな、と思う。
ジャッキーは、縁があってこの国にいるのに、もう日本をギブアップして南アに帰国する。ジャッキーのダンスを観て、「こんど、是非、やってください」「一緒にやりましょう」というオファーがいくつもいくつも来たという。そして、すべてそれっきり。今度こそは大丈夫そうだ、といろいろ資料を作っても結局同じ。
そう言うところに疲れた、と言う。この国に住むものとして残念だし、寂しい。アフリカの女性ダンサーで日本に住んでいるというと、リップサービスのようにオファーするのだろうか?言うなら実行しろよな!
愛娘パロマは公立の保育園に通っている。親の気持ちはきっと伝わってしまっているだろう。自分の生まれた国・日本に余りよい印象を持たずに初めての母の母国に「帰国」するのはとても寂しい。